特殊神事  生桑長松(いくわながまつ)神社 『大鏡餅神事』

大鏡餅02

 生桑長松神社 (宮司 加藤一子) は、 四日市市の中心部から、 北西に四キロメートルほどの生桑町の穏やかな傾斜地に鎮座する。
 大鏡餅神事の起源は、 度々氾濫する川を鎮めるため、 東生桑の長松神社に伝えられてきた神事であった。 しかし、 天保九年 (一八三八) に、 西生桑の生桑長松神社と合祀となったことで、 同社に受け継がれることになったと伝えられている。
 この神事は、 町内千百戸のうち九十戸に伝えられているもので、 「宮元」 の当番十一人と、 「宮宿」 という代表者の一軒が選ばれ、 男性のみで奉仕する。
 十一月中旬からしめ縄、 薦、 むしろ作りが始まり、 十二月二十八日に 「宮宿」 で、 五斗 (約七十五キロ) のもち米を研ぐ米かしと型枠の組み立てが行われる。 二十九日には夜明けとともに釜に火を入れ、 神職の祓いの後、 鏡餅つきが始まる。 五斗のもち米を十七回に分けてつき、 枠に入れ型を整える。
 元旦の朝、 鏡餅を型枠から取り出し、 「宮宿」 の床の間に長持ちを据え、 「大鏡餅」 の飾りつけが始まる。 「大鏡餅」 は左右に一体ずつで、 長持ちの上に新しい薦を鋪き台を置き、 二段のケーキ形の鏡餅と、 その上に一升枡型の四角い餅が乗り、 さらに 「トンビ」 と呼ばれる鳥が羽を広げたような餅を、 下段は縦、 上段は横と交差するように置く。 一番上の餅に串柿と橙を飾り、 昆布を垂らし、 二日の朝までお守りする。 この間に、 明治十八年からの記録が残る 『神社年番行司記録』 に、 「宮宿」、 「宮元」 の名を記す。
 二日の午前三時に、 新成人・消防団の若者が、 床の間に飾られている 「大鏡餅」 を長持ちに入れる。 午前五時を待って、 太い孟宗竹に長持ちが縛られ、 「ワッショイ」 の掛け声とともに神社の石階を駆け上がり、 本殿に供える為に、 「大鏡餅」 が再び組まれる。
 続いて祭典があり、 神楽太鼓が、 一番太鼓に続いて二番太鼓に移るやいなや、 若者たちは拝殿から一斉に本殿に向かい、 無病息災のご利益があるといわれる餅や飾り物を奪い合う。 その後、 鏡餅は拝殿に運ばれ、 「宮元」 によって切り分けられ、 参拝者に配られる頃には、 夜が明けてくる。
 このような独特の形をした鏡餅を供えることは、 他に例がないことから、 戦時中も中断することなく、 今日まで伝えられている。 しかし、 昨今の少子化による伝承の難しさに加え、 年末年始に、 「宮元」 をもてなす二間続きの部屋と、 餅つきの道具が収められる四畳半ほどの部屋の確保など、 伝統を守り伝えていく為の課題も多くなってきている。
 加藤宮司は、 「神事によって、 地域の絆が深められているので、 今後も氏子の協力を得て守っていきたい」 と語っている。

三重県神社庁「みあかり」第19号