猪名部(いなべ)神社の大社(おやしろ) 祭 「上げ馬」「流鏑馬」 神事

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 三重県北部、 員弁川の中流に位置する員弁郡東員町北大社に鎮座する猪名部神社 (宮司石垣光麿) の大社祭は、 「上げ馬発祥の地」 として近年知られるようになった。 この員弁は第43代元明天皇の和銅6年 (713年) 勅令により猪名部の族名が転じて 「員弁」 とされた。
  「上げ馬神事」 の起こりは今から800余年の昔、 鎌倉時代に遡る。 当時、 大木城主 (東員町) であった郡司・員弁三郎行綱に、 源頼朝より騎射・巻狩の上意が伝えられたのがそもそもの発端。 行綱は上意に従い、 青少年の士気を鼓舞するために、 建久3年 (1192年) 流鏑馬の神事を奉納し、 これが 「大社祭」 のはじまりとなった。
 その後約10年の時を経て、 伊勢国の守護暗殺の濡れ衣がかかるという困難が行綱にふりかかる。 しかし、 平氏の残党若菜五郎盛高の仕業と分かり危うく難を逃れ、 猪名部神社のご加護もいかばかりかと、 建仁3年 (1203年) 境内の一隅に上げ馬神事用の土地を奉納。 こうして伝統ある大社祭の様式が整い、 以来連綿として伝統と歴史を誇る祭事が執り行われている。 全国には、 239ヶ所に馬の祭事があるが、 「上げ馬神事」 は北勢地方の2ヶ所だけである。 猪名部神社の上げ馬神事は歴史上、 多度大社よりも160年程古く、 多度祭で最初に上げ馬を行なったのは員弁の人馬だったと伝えられている。
  「大社祭」 は毎年4月第1土・日曜日。 頭に花笠、 背に矢箱、 華麗な武者姿で祭馬にまたがった弱冠16, 7歳の少年騎手が、 約3mの絶壁を駆け上がる天下の奇祭 「上げ馬神事」。 この 「上げ馬」 への挑戦は、 大社祭の1ヶ月前からその幕が開く。 騎手のみくじを引くのは地元の高校生1,2年生でその日から1ヶ月の猛特訓が繰り返される。 祭りの1週間前には家を離れ、 猪名部神社境内にある区民館で参籠生活に入る。 朝晩は員弁川でみそぎをして心身を清め、 精神を集中し身も心も鍛え上げて、 いよいよ祭り当日を迎えるのだ。 家族も学校も、 地域総出で心をひとつにして盛り上げ、 絆を結び、 今の時代に見失いがちな大切なすべてがここにある。 それが員弁の大社祭なのである。

三重県神社庁「みあかり」第17号