鎮國守國神社の「詩(し)かるた」

桑名城本丸跡に鎮座する鎮國守國神社 (宮司 嵯峨井和風) では毎年、 新春かるた会 (一月三日百人一首の部、 五日詩かるたの部) が催され、 約二百年余続いています。
カルタは、 江戸時代初期に 「歌カルタ」 や 「絵合せカルタ」 が考案され貝合せの貝を紙に代えたもので、 歌もいろいろなものが選ばれていましたが、 「小倉百人一首」 が普及しました。 絵合せカルタは、 宮殿調度・職人・花鳥などが描かれ、 上流子女の教養の意味もあったと思われます。 「いろはカルタ」 は庶民の児童を対象にしたもので、 ことわざが用いられ、 幕末に普及したものです。 神社で行う 「詩かるた」 は、 歌カルタの一種で和歌の代わりに漢詩が使われ今では 『唐詩選』 の中の五言絶句が主に用いられます。 七十四首を 「起句」 「承句」 を一枚とし、 「転句」 「結句」 を一枚とする一四八枚が一組で、 現在桑名でしか行われていません。
御祭神の 「松平越中守定信公」 が奥州白河藩に将来の国を担う藩士の子弟達の教育の場として創設したのが藩校 「立教館」 で、 文武両道を奨励する中で教授等に授業の一環として室外室内それぞれの競技を考え実践するよう指示し、 そこで始められたのが、 課外授業の室外競技 「打毬戯(だきゅうぎ<rp)」 と室内競技 「詩かるた」 です。 どちらもチームワークに重点をおいたもののようです。 文政六年 (一八二三) の国替えによって白河から桑名に伝わり、 現在に至っています。
「詩かるた」 は別名 「ケンカかるた」 とも言われ、 その所以は特殊なルールにあります。 源平に分けて競う団体戦と車座になって行うバラバラ取りの個人戦があり、 取った札を裏返して自分の膝下もしくは座布団の下にしまうまでは横取り可能というものです。 気を緩める事なく速やかに処理をしなければ奪い取られ、 時には組討ちをして相手を捩(ねじ伏せるなど、 多少の荒行事も許されており頭のぶつけ合い、 爪のかきあいなども当たり前のカルタ取りです。 慣れてくるととても愉快で、 「百人一首」 とは違った非常に男性的なカルタ会であるといえます。
このように激しく取り合いをするので必然的に取り札が丈夫なものでなくては競技に耐えることができません。 美濃紙を何枚も張り合わせた堅固なもので縦三寸横二寸の短形の札で、 すべて手作りし、 仕上げには渋漆を塗ってより強くします。 漢詩も字の稽古もかねて一枚一枚丁寧に書き上げます。
物を大切に遊びの中から自然に礼儀作法・予習・復習を含めた学習をし、 さらには藩士の子弟であるので合戦のシミュレーションをふまえてケンカの仕方まで身に付けてしまうという素晴らしい競技です。
また、 桑名市無形文化財に指定されており市民に親しまれています。

三重県神社庁「みあかり」第16号