波切神社の『わらじまつり』



『むかしむかし、ダンダラボッチと言う片眼片足の大男が、大王崎の沖にある大王島(当時は韋夜の島と呼ばれた)に住みつき波切の里に押しかけてきては、大風を起こしたり、人さらいをしたり悪行を繰り返していた。たまりかねた村人たちが、産土神である『韋夜の神』に助けを求めた。それを聞き入れた『韋夜の神』は、村人と力を合わせて大わらじを造り、海に流した。大男は自分より大きく強い巨人が住んでいると思い込み、以来悪行をはたらかなくなった。』このような民話にもとづき、志摩市大王町の波切神社(宮司 山下 潔)で300年以上にわたって、毎年9月(旧暦8月)の申の日に行われている珍しい祭りが「わらじまつり」である。
祭はまずわらじ作りから始まる。祭礼当日の2日前の朝早く、潔斎をした若者30名ほどが、松井家(江戸時代から明治中頃まで波切神社の神主を務めていた社家、わらじ祭の主宰者であった。)に集まり、新藁で縄を綯い、7本の太い女竹を芯にしてそれに縄を巻き付けてゆく作業である。わらじの鼻緒は太縄を撚り合わせて、白布で覆う。かくして昼過ぎ頃には、全長2.5m、幅1.8m、重さ80kgの大わらじが出来上がる。完成したわらじは床の間に安置され、祭当日まで松井家当主によって丁重に祀られる。
祭り当日、わらじは4人の若者に担がれ、波切神社の拝殿まで運ばれる。午後2時、祭典が営まれ、その後、4〜5歳の男児5人によるわらじ曳き神事が行われる。これはこの祭りの中核をなす神事であるが、介添えの大人に導かれた稚児たちが、わらじの曳き綱を手に、『サイ、ジイジンザイ、ジイジンザイ、イヤヒスノハスノヒヒヒスノハスノホンシンチャ、ヤァーヤ、ビンハラシャ』(意味不詳)と唱えつつ、3回舞をした後、『やぁー』かけ声をかけて西から東にわらじを曳いて終わる。曳き終えたわらじは再び4人の若者に担がれて、神社下の須場の浜に運ばれる。ここで老婆7人による「祝い歌」の披露があり、それが終わるといよいよわらじ流し、4人の若者がわらじを囲んで泳ぎながら約200m沖まで出て、最後に大王島に向けて押し流す。(地元の言い伝えでは、この日は大王島へ向けて潮が流れているらしい?)かくして一連の行事がめでたく終わることになる。
当日は、日頃閑静な海辺の町も、この日ばかりは大勢の人出でたいへんな賑わいを見せる。地元、近郷近在は申すに及ばず、はるばる遠方からこの奇祭を見んものと訪れる人も少なくない。昭和46年、地元氏子崇敬者の熱心な運動により、「無形文化財」として県の指定を受け、以後は保存会が中心になって、「わらじ祭り」の継承保存に努めている。
三重県神社庁「みあかり」第14号
2012年7月26日
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