上社   – かみやしろ –

 通称 ごうずさん
 境内には樹齢千年程の夫婦の大楠が在り、地元の方に「ごうずさん」と慕われています。また神宮125社の内、外宮の摂社「打懸神社」「大河内神社」「志等美神社」が境内地に隣接してございます。

由 緒

 永正16年9月の畠券には二俣社と称し、大永6年12月の田券には二俣八王子社とあり、天文6年11月の畠券には牛頭社としてある。
 然るに明治3年10月、神佛焜淆之儀を止め佛号の神社名は、改むべき由の布令によって同月「上ノ社」と改称し、明治4年11月2日郷社に列せられたが、明治5年10月村社格に 明治39年12月、神饌幣帛料供進社に指定せられた。

特殊神事

御頭神事

 上社の御頭神事は1月15日であったが、祭日の変更により毎年1月第3日曜に行われる。古い御頭ともう一体の御頭、そして舞う御頭の三口ある。御頭舞は氏子域の上社の神楽師が行う。祭事は宮司で、辻久留町・二俣町・浦口町・中島町の各町内から出る氏子総代が進行する。御頭について、「上社の御頭は目が赤く口も赤いので雌である。磯の御頭は雄で、雌に会いたい、会いたいと言ってやってきたが、大雨で流されて、また拾われて、それでも会いたいといってまた来たのだ」と伝えられている。昭和50年代に、それまで上社に奉仕していた御園村高向の方に氏子が獅子舞の教えを請い、以来氏子が受け継いでいる。午前8時に、境内で火を焚き、祢宜・氏子総代・神楽師が参列して、祭典が行われる。神楽師は白い着物に白袴黒の羽織、白い着物に緑の舞袴である。祭典終了後、拝殿にある長さ1メートルくらいの案上に、舞衣が地面に着かないようにと布を長く伸ばして、御頭を置く。その後七起しを舞うというのが正式な舞である。舞は一段ごと休憩を取る、氏子総代の1名が出て、肩を貸して御頭を休憩させる。その時、御頭の頭に付ける紙垂をとって、「ご利益あるよ。財布の中へ入れておくといいよ。お守りになるよ。」などといいながら見物人に渡す。終了後、神社では甘酒などが振舞われ、その後、氏子区域内の巡舞に出発する。巡舞は、段の二つか三つである。太鼓を車に積んでいき、御頭神事が来たことを伝えるために使用する。それが合図となって人が集まってくる。午後3時半神社に戻って終了となる。上社は以前、午頭社といわれており、『徴古文府』に年号欠の「八王子牛頭社結衆指上申一札写」(『三重県史 資料編 中世』)がある。御棚職を善兵衛に扶持米を出して、御神事万事を任せるという一札に、北出雲や来田監物ら8名の結衆が名を連ねており、これは寛文8年(1668)頃のものと推定されている(『道者と地下人』)。また『杉の落葉』『小祠拾』には上社の結衆と社殿の造替について書かれている。『神都俗歳事記』には文化の頃、 同日(十五日) 牛頭獅子頭社地ニテ七起シ威勝寺ニテ七起シ大般若経転読ノ間オカタオトリ神楽人随フ旧事行事獅子頭考ニ記ス十六日牛頭獅子頭上ノ辻七起― 中野町五起― 正法寺庭天神前七起―浦口町入口五起―十七日牛頭獅子頭 堤世古町五起―北御門七起―小田橋ニテ伐祭リ納とある。大正期になると、「付記 従来毎年一月十六七両日に御頭神事を執行し各氏子の町々に巡舞し、悪魔除の為の舞を奏す其の由来詳ならす 近年之を廃止し一月十五日例祭の際社頭に奉安するのみ」(『三重県神社誌』)とあり、この頃には、15日に御頭は奉安されているだけであった。しかし昭和20年代に御頭神事を復活し現在に至る。

神社
コード
4216002
鎮座地 伊勢市辻久留 1-13-6
電話番号 0596-24-2050
御祭神 久々能智神 埴安神 大山祇神 宇迦之御魂神 他5座
祭祀 例祭  7月15日
獅子舞 1月(成人の日)
アクセス 近鉄伊勢市駅より三交バスにて「宮川中学校・大倉ウグイス台」行き 上社前で下車
またはJR山田上口下車 南西へ徒歩15分