舩江上社   – ふなえかみのやしろ –

由 緒

 当社は古来、現在地に鎮座して、船江上社と称した。明治12年の『神社明細帳』に「旧昔、船江に上下の二村あり、本社は上船江の産神たる故に上社と称す。土俗八幡宮とも称すれど、豊前宇佐の宮を勧請せる社にてはなく、長徳検録に載せられたる田社33前の内、法道社、又御䆴木帳に宝答社と記されたる、外宮所攝の社の遺存なりと、古老の説なり。鎮祭始め年月は不詳。」とある。
 しかし、度会延賢が、当社を外宮摂社河原淵神社の現地であるという説を出して以来、これが通説となり、維新後、神宮による考證の上、明治11年12月、当社域内の今の地に河原淵神社が移造された。また当社の祭神は、古来、八幡神或は不詳とされてきたが、大正2年8月、其の河原淵神社の本地であることから、その祭神である澤姫神を以て、当社の祭神と決定するに至ったのである。
 合祀神については、年月不詳であるが、新開御薗の辺に鎮座した志賀井社他2社(八幡大神、気長足姫命、神名不詳1座)、明治維新後、船江町北桧尼鎮座の桧後社(神名不詳1座)、明治9年9月に同町字流江鎮座の箕曲氏社(天牟羅雲命)、同41年3月25日に、同町字天路248鎮座の無格社菅原社(菅原道眞公)、菅原社境内社の稲荷社(宇賀之魂)と秋葉社(火産靈神)の各社を合祀し、今日に至っている。
 なお、現在は、中央本殿、左に西殿、右に東殿があり、本殿に澤姫命、西殿に天牟羅雲命、東殿に菅公以下の諸神をお祀りしている。

特殊神事

淵まつり

 昔 延元4年(1339)の頃、宮川の分流は北宮川と唱え、この地を貫通して、勢田川に注いでいた。どんな旱魃にもかれる事が無く、水量 豊かな神池として現在まで保存されている。 当時は禊の池として町民、近在の人々に親しまれていた。4月上旬、池畔の桜の開花に合わせた日曜日に『淵まつり』として池に小船浮かべ、神職・巫女を乗せ50㎝程の船に形代(カタシロ)と人形8体を乗せた小船を曳き、池に流す神事がある。この行事は明治の中期より途絶えていたが、平成10年に神職・氏子総代の総意で復活し、毎年例祭として斉行している。長寿祈願・病気平癒に評判がよく、放生信仰の場として御礼参りには、朧が池に 鯉 亀 等を放したと古老たちは言い伝えております。

 祭典日 4月上旬桜の開花に合わせた日曜日

神社
コード
4216005
鎮座地 伊勢市船江 1-10-140