横道下神社

当社の創祀については洋かにし難いが、古来伊勢国 奄藝郡 延喜式内社横道下(よこみちおり)神社として伝へられている。江戸時代の地誌類や式内社研究関係の諸書にも当社をあげている。当社現在の鎮座地は大正6年...

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中嶋神明社

当社は、もと当字の鎮守神であったが、勧請の事情や年代は不詳である。大正3年2月、官命をもって玉垣村大字柳字森鎮座の矢椅神社へ合祀となったが、昭和24年4月15日、再び承認を得て分祀、氏子の総意で中嶋神...

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大井神社(山辺町)

当社の創祀については詳かにし難いが、『式内社傍注』に始まり、『武内社考証』『徴古録』『三国地志』等では式内社と記録している。その論拠は、社名の大井を『万葉集』で歌枕として著名な山辺の御井であるとし、そ...

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川俣神社(平田本町)

創祀年代不詳。延喜式内社とされているが、同社名は他に5社あり、いずれとも決し難い。奉斎氏族とみられる川俣氏族は『皇大神宮儀式帳』『倭姫命世紀』『續日本紀』にみえており、鈴鹿郡牧田郷に本拠地を置いていた...

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濱田神社

もと春日神社と忠太社の2社が若松地内に各々鎮座していた。忠太社の創祀は詳かでないが、春日神社は南若松町の小川神社に所蔵する棟札によると、天明6年(1786)には鎮座していたことがわかる。また社紀によれ...

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