大井神社(山辺町)   – おおいじんじゃ –

由 緒

当社の創祀については詳かにし難いが、『式内社傍注』に始まり、『武内社考証』『徴古録』『三国地志』等では式内社と記録している。その論拠は、社名の大井を『万葉集』で歌枕として著名な山辺の御井であるとし、その所在を当郡山辺町であると推定することに拠っている。江戸時代においては、牛頭天王社或いは若宮八幡社と称し、俗に天王と称していたようである。現在所蔵されている21枚の棟札によると、江戸・明治・大正・昭和を通じ数多くの社殿造営が行われ、人々の崇敬の篤さを知ることが出来る。慶応3年(1867)神戸藩生木多恵貫は境内裏のつつみ井に「山辺の御井の碑」を建立している。明治41年(1908)境内社の若宮八幡社、山神社を合祀し、同44年3月河田町の川神社に合祀された。しかし地元氏子の総意により昭和26年(1951)分祀され、現在に至っている。宝物等 練札22枚(寛永7年《1630》・文政13年《1830》・ 文政4年《1821》・文政3年・貞享5年《1688》・文化元年《1804》・明和2年《1765》・天保15年 《1844》・寛保元年《1741》・享保13年《1728》在銘)、この他明治・大正・昭和在銘のものも存する。神鏡2面 小絵馬数枚 常夜燈2対 狛犬1対 特記事項 昭和27年(1952)名古屋大学考古学教室により、裏の崖から8世紀頃の墓地と認められる「山辺の横穴」が発見されている。
神社
コード
4219049
鎮座地 鈴鹿市山辺町 232
御祭神 《主》建速須佐之男命、《配》大雀命、天照大神、御井神
祭祀 例祭  10月
祈年祭 2月
天王祭 7月