烏止野神社   – うとのじんじゃ –

 鳥止野神社熊野川河口近くに鎮座する神社で天照大神など7柱を祀る。神社を囲む20haの森はオガタマノキ、イスノキなど70種類の植物が自生する植物の宝庫である。

由 緒

 当社の創始については詳らかでないが、口碑によると慶長(1596~1615)頃の創立にかかるという。明治39年12月、神饌幣帛料供進社に指定。翌年9月10日、当社境内社の秋葉神社(伊弉諾尊、伊弉冉尊)、若宮神社(天照皇大神)、稲荷神社(倉稲魂命)3社を合祀し、同年11月22日に字平島の蛭子神社(蛭子命、慶安元年〈1648〉10月の勧請と伝える。)、更に同41年6月20日に字井ノ尻の事比羅神社(金山彦命)をそれぞれ合祀した。

特殊神事

諸手船

 諸手船とは、熊野速玉大社の御船祭(10月16日)に神霊をのせた舟塗りの「御幸船」を鵜殿の人達が「諸手船」に乗り組んで護衛、曳航するお祭り専用船である。 古代、神倉(蔵)山に降臨された熊野神は、石渕(貴祢谷)に勧請されましたが、再び新宮に移御の祭の様子を再現したのが御船祭だとされています。御幸船が御船島を廻る際、船上ではアタガイウチ(赤い衣を着た女装の男性)が「ハリハリ踊り」を奉納する。『古事記』『日本書紀』に熊野諸人船・天鳩船の記載があり、万葉集にも真熊野の船と詠われ、当時から全国に知られた船だった様であります。『南牟婁郡誌』「熊野諸手船」の項に「その形大抵左右の手を小指と無名指と合わせたるが如くにて底の平板なく尖りて今いふ鯨などのさまなりといへり、是れ水を切る事するどき船なれば鳥にもたとえて天鳩船ともいひ、形を以て諸手船ともいひ、其の制する地名を以て熊野船ともいへるなるべし」とかかれております。御船祭当日の朝七時を過ぎる頃、鳥止野神社氏子総代会の中から選ばれた十幾人の諸手人たちは、鳥止野神社、貴祢谷神社を参拝した後、諸手船を清酒と塩で清め、この船に乗り込む。船首には鳥止埜浦と染め抜いた大幡、中央には熊野大神宮の旗、船尾には吹流し、其の右後ろに十番と書いた旗を立てて船の装いを整える。

 船は熊野川をさかのぼり、約1㎞上流にある阿須賀神社に参拝。再び乗船して牛鼻神社へと向かう。途中ナベワリという場所で「かわらけ」(素焼きの杯)を割る儀式を行う。参拝後、再び乗船。熊野速玉大社神倉神社を参拝後、再びもどり根現河原にて神船曳船の出番を待つ。神船は既に熊野速玉大社庫から出されて、この川に浮かべられている。この神船には神官が1人乗り込む。午後4時を過ぎる頃、神霊を収めた御輿が青年たちにかつがれて川に到着する。多数の神官達によって神事が行われた後、神霊は神船に移される。これを合図に同じ川原に待機していた九隻の早船が、それぞれ艫に一番~九番と地区名の旗をおし立て一斉にスタートする。約500m上流にある御船島対岸の川原(神霊御旅書前)までの競漕である。早船の後から諸手船に引かれた神船が上がる。神船は諸手船に先導されながら、対岸の御船島三回右回りする。この時、諸手船の中で、ハリハリ踊りが行われる。この儀式を「神霊渡御」(みたまとぎょ)という。

 祭典日 10月16日

神社
コード
4213041
鎮座地 南牟婁郡紀宝町鵜殿 104
御祭神 大己貴命、伊弉諾尊、伊弉冉尊、天照皇大神、倉稲魂命、蛭子命、金山彦命
祭祀 11月23日
春祭 2月17日
アクセス JR紀勢本線「鵜殿」駅下車、徒歩15分