花窟神社   – はなのゆはやじんじゃ –

 花窟神社(花の窟神社)は日本書紀にも記されている日本最古の神社といわれており、古来からの聖地として今に続く信仰はあつく、全国から多くの参拝者がお越しになります。花の窟では年2回、例大祭を行います。神々に舞を奉納し、日本一長いともいわれております約170メートルの大綱を岩窟上45メートル程の高さの御神体から境内南隅の松の御神木にわたします。この「御綱掛け神事」は、太古の昔から行われており「三重県無形文化指定」されています。

由 緒

 日本書記に「 一書曰伊弉冉尊火神を生み給う時に灼かれて神退去ましぬ 故れ紀伊国 熊野の有馬村に葬しまつる 土俗此神の魂を祭るには花の時に花を以って祭る 又鼓 吹幡旗を用て歌い舞いて祭る」とみえ、それが当社のことであると伝える。当窟は伊弉冉尊の御葬所であり、季節の花を供え飾って尊を祀ったが故に花窟との社号が付けられたと考えられる。古来、当社には社殿がなく、熊野灘に面した巨岩が伊弉冉尊の御神体とされ、その下に玉砂利を敷きつめた祭場が設けられている。それを少し隔てた所には王子の岩屋と呼ばれる高さ12メートル程の岩がある。『紀伊続風土記』によるとここに軻遇突智尊の神靈祀り、この神が伊弉冉尊の御子であることに依拠して、王子の窟(別名、聖の窟)の名称由来を説いている。

特殊神事

御綱掛け神事

 日本書紀に「一書日(あるふみにいはく) 伊弉冉尊火神を生み給う時に灼かれて神退去ましぬ 故れ紀伊国熊野の有馬村に葬しまつる 土俗此神の魂を祭るには花の時に花を以って祭る 又鼓・吹く幡旗を用て歌い舞いて祭る」とあり、其の由来するところ最も古く、花窟の名は増基法師が花を以て祭るより起これる名なり。 紀伊風土記寛文記に「昔祭には 紅の縄 錦の幡 金銀にて花を造り散らし 花の祭また火の祭と云いしと 錦の幡は毎年朝廷より献上されたが 何れの年に熊野川の洪水にて幡を積みたる御船破れしかば 土俗祭日に至り 俄にせんすべもなく 縄にて幡の形を作りしが 其の後錦の幡の事絶えて縄を用ゆると」今土俗の用ふる所は、縄を編みて幡三流の形を造り、幡の下に種々の花を括り、又、扇を結びつけて長き縄(一一〇尋)を以って窟の上より前なる塔に高く掛け、三流の幡窟の前に翻翻る。

 祭典日 2月2日・10月2日

神社
コード
4213010
鎮座地 熊野市有馬町 130-3
御祭神 伊弉册尊、軻遇突智尊
祭祀 2月2日
10月2日
アクセス JR紀勢本線 「熊野市」下車、三重交通バス「花の窟」停まで約5分
WEB
サイト
http://www.hananoiwaya.jp/