–  南紀支部  – 

大馬神社

 諸説には、その賊の頭の首を地中に埋め その上に社殿を造ったのが始まりともいわれてます。田村麻呂が大きな馬に乗っていたことから、また田村麻呂の愛馬が一緒に埋められたことから”大馬”とも、”大魔を封じた...

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木本神社

 木本町は、江戸時代に紀州徳川家の本藩公領地として『奥熊野代官所』が置かれ、熊野地方(熊野川以東から三重県北牟婁郡紀北町)の中心地として栄えた町です。木本神社は、もともと「若一王子権現」(“若一王子”...

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相野谷神社

 神社境内の前には古い巨大な切り株をはじめ沢山の伐採根が目立ち、残っているのはイチイガシのみという状態になっていて、いつの時代かに一斉に伐採されてしまったようだ。たった一本だけになるまでの変遷を見つめ...

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西山神社

 当社の創始については不詳。明治39年12月に神饌幣帛供進社に指定。翌々年1月5日、平谷神社(大字平谷)に八王神社(同上)を合祀、また長尾神社(大字長尾)にその境内社稲荷神社、及び赤木神社(大字赤木)...

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中村神社

 当社の創始については詳らかでない。『紀伊続風土記』によると、当社は新宮の熊野速玉大社の末社であったという。明治39年12月、神饌幣帛供進社に指定され、翌年12月13日に官許を得て、成川の深谷神社(罔...

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