志摩市浜島町 宇気比(うけひ)神社の 「盤(ばん)の魚(うお)」 神事

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 志摩市浜島町は志摩市の南西端、 南は南伊勢町と境を接する英虞湾の入り口にあり、 東には太平洋を望む海辺の町である。 魚介等水産資源に恵まれ、 沿岸漁業はもとより、 かつては鰹・鮪の遠洋漁業の基地として、 隣接する宿田曽港や紀州尾鷲港と並び名を馳せた所である。 しかしこのところの漁業の不振が続く中で、 地域では自然の景観とまつり行事を生かした 「観光のまち」 づくりに、 新たな地域興しの活路を見いだすべく模索している状況である。 ここに紹介する宇気比神社の 「盤の魚」 の神事も、 同日に行われる 「弓引き」 と並び、 新しい町おこしの契機として、 期待される祭行事の一つである。  
「盤の魚」 神事は、 毎年1月11日正午から神社拝殿での祓式に引き続き、 隣接する御田の浜で、 弓引き式の前座として執り行われる。 見所は、 直接、 魚に手を触れることなく、 真魚箸まなばしと包丁だけで、 魚を捌く練達の技である。 以下、 「神社誌」 所載の記録から、 その概略を紹介しよう。
  『……弓引の前に 「盤魚」 という行事がある。 鮮魚を切る儀式であるが、 これを行うのは代々井上家 (伴藏屋ばんぞうや) 当主の世襲とされる。 鮮魚は出世魚であるぼら二匹を使う。 盤魚所役は裃を着用、 先ず頭を切離して次に身卸しをした後、 原形のように接合せて退く。 此間、 魚を扱うのには、 真魚箸を用い手をふれない。 次に魚見役がでて、 先に原形のように接合せた魚を更に細かく切り分け、 頭は自ら持帰り、 切身は列席者に配布する。 配布されたものは家に持帰って神棚に供え年中の豊漁を祈願する。 次て弓引…… (以下略)』 さて、 この神事の由緒、 由来であるが、 それが皆目わからない。 およそ四百年あまり以前からの伝承と言われるが、 真偽の程は、 「不詳」 である。 実は、 同じような行事が、 市内の他の神社でも行われていたし (現在多くは中断) また、 鳥羽市国崎の海女潜女あまかづきめ神社では、 「まなばし」 神事と称し現在も行われているが、 由來については、 同様に 「不詳」 である。
 以下は全くの推測にしか過ぎないが、 世に 「包丁式」 または 「式包丁」 と称するものがあり、 平安の昔、 大膳職に就いた四条中納言藤原山蔭が神饌・御饌の新しい方式を創始制定されたことに始まる。 素材に手を触れず、 真魚箸と包丁だけで調理する方式であるが、 これが日本料理の源流とされる四条流包丁道の始まりであり、 その後鎌倉、 室町期を経て、 武家や一般のあいだにも広がって行ったとされている。
 四百年余の昔、 志摩半島の各所に砦を築いて蟠踞した、 志摩水軍の武将達が、 氏神に一族の繁栄と武運長久を祈願するにあたり、 例えば 「弓引」 など武技の奉納と共に、 格調高い包丁式による神饌の饗膳を以てしたことが、 その由來ではなかろうか

三重県神社庁「みあかり」第16号