官舎神社   – かんしゃじんじゃ –

官舎神社拝殿写真

由 緒

 この社はもと大宮司家中臣氏の氏神だったとされている。
 天平勝宝八年に、ときの大宮司従五位津島朝臣子松が、奈良の春日社を当地津島崎(大仏山東麓、いまの通称津島堰あたり)に中臣氏の祖神として勧請し、中臣社または春日社としてまつったのに始まる。
 桓武天皇の延暦十六年、離宮院が伊勢からこの地に遷し造営されたときの神宮祭主大中臣朝臣諸魚らが、津島崎から中臣氏社を離宮院の境内に奉遷し、式内官舎神社と改称した。社号は、その社地が離宮院の官舎のそばで、官舎から管掌する神社であったからだと言われている。
 承和六年十月、離宮院の大火災があったが、当神社はその災を免れ、長く中臣氏の氏神祭がとり行われていた。しかし、戦国時代の世の乱れに伴い、離宮院の荒廃とともに社殿も朽ち果て石塁だけが残ることとなった。
 寛文三年(一六六三)、大宮司大中臣精長がその石積みを見つけ、わが氏神の旧跡だと知って小祠を再興、明治の初めまでひところは十人の禰宜が勤仕するほどだったが、時の流れとともに伊勢に移住し、再びさびれていった。幸い当町出身の神職吉村氏がこの有様を憂い、かろうじて社の維持に努めた。
 その後、明治十二年九月二十四日村社格を指令され、同四十三年三月二十六日には各字の無格社をあわせ祀る小俣神社(八柱神社)を合祀、昭和十九年十一月二十日県社に昇格されたが、同二十一年の社格廃止により、同二十七年十二月二十日宗教法人官舎神社となった。
 当神社は「離宮さん」「旅の宮」の愛称で親しまれ、昔は伊勢の要人たちまでが旅へ出るときわざわざ官舎神社へお参りをし、お受けしたお守りをしっかり肌身に着けて出発したという。また、いつの頃からか「大漁宮」とも呼ばれ、いまも白塚や河芸、伊勢の漁業者が海上安全・大漁満足の祈願に訪れている。
鎮座地 伊勢市小俣町本町1446
電話番号 0596-22-3875
御祭神 建御雷之男神 経津主神 天兒屋根命 姫神 多紀理毘賣命 市木嶋比賣命 多岐都比賣命 猿田毘古大神 建速須佐之男命 天忍穂耳命 天之菩卑能命 天津日子根命 活津日子根命 熊野久須毘命 倉稲魂命 大己貴神 大田命 大宮女神 保食神 金刀比羅神 不詳壹座  
祭祀 例祭:9月15日 奉納子供みこし
アクセス JR参宮線宮川駅下車すぐ。
三交バス大淀線宮川駅前から徒歩5分