御厨神社   – みくりやじんじゃ –

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神紋:左三巴
境内:830.6坪
社殿:本殿、幣殿、拝殿、神輿庫、神饌所、社務所、祭器庫、手水舎、神門
境内神社:三圍(みめぐり)稲荷神社、髙春稲荷神社、大山祇神社、猿田彦神社、祓所社
氏子:500戸、本町、中町3丁目、同4丁目、同6丁目、魚町1丁目、同2丁目、3丁目
崇敬者:300名

由 緒

 当社の創始については詳らかなことはわからないが、その前身は飯高郡下ツ牧(現、平生)の平生御厨である。往古、平生は参宮の駅路にあたり勅使参向の時には当社に止館し、交通の安全を祈願したと伝える。それに由来してか、現在でも当社を見送神社と俗称している。中世には伊勢国司北畠氏の信仰篤く、度々供物が献納された。戦国時代に入ると戦火により社殿は退廃し、僅かに神垣が昔の名残りを留めるに過ぎなかった。天正12年(1584) 蒲生氏郷が四五百(よいほの)森に松坂城を構築する際、当社の尊厳を考え城郭の大手先に奉遷したが、元和6年(1620)紀州藩主徳川頼宣の家臣、長野九左衛門が城の鬼門の鎮守として現在地に移した。嘉永3年(1850年)紀州侯が「境内殺生禁断」の石標を献納し、毎年正月には城門において獅子舞を奉納するを例とした。明治2年(1869)2月明治天皇神宮御参拝の折、当地に御駐車されている。明治41年(1908)に八幡神社、奥津彦神社、市岐島姫神社を合祀した。因みに、国学の泰斗、本居宣長も当社を常に尊崇し、多数の図書を献じている。
鎮座地 松阪市本町2304番地
電話番号 0598-21-4483
御祭神 建速須佐之男命、加夫呂岐命、火産霊命、木花之開耶姫命、大山祇命、奥津彦命、奥津姫命、応神天皇、宇迦之御魂命、市岐島姫命
祭祀 例祭 9月17日、春祭(祈年祭)2月26日、湯立神事 7月15日、夏越祭 7月25日、祇園祭 7月17日、例祭宵宮祭 9月16日、新穀感謝祭(新嘗祭)11月26日 
アクセス JR・近鉄「松阪駅」より徒歩10分。三交バス「本町」下車、徒歩5分