九木神社 – くきじんじゃ –


九鬼水軍に縁深い神社と云われるこの神社では、その歴史を証明するような様々の神事・祭事が執り行われている。中でも10月は出雲地方に神様が集合するという伝承が残っており、この地域では珍しい神送り神事、神迎ひ神事が今でも執り行われている。
由 緒
社伝によれば、永和年中(1375~1378)藤原隆治により、九鬼城内の祠に天満天神を祀ったのを創祀とし、後寛文2年(1662)には現在の鎮座地に遷座した。又、この時、この地の産土神として祀られていた若宮八幡・国柄明神を共に1社に祀られたと伝えられている。古くから「天神」と称し近郷の人々の崇敬を集めていた。明治6年(1873)村社に列せられ、同39年(1906)神饌幣帛料供進社となっている。特殊神事
神送り・神迎ひ神事
九鬼水軍に縁深いと伝えられている当神社では、この地方では珍しい神送り・神迎ひ神事(祭典日 9月24日 10月24日)が執り行われている。この神事の伝承は定かではないが、永和年中(1375~1378)に北野天満宮の加護により難を逃れた藤原隆治が九鬼城内に天満天神を祀ったという創祀の頃、一年に一度目に見えない神事(かみごと)を司られる大国主神のお鎮まりになる出雲に全国の神々が集い、国々の弥栄や人々の幸せを協議する会議「神謀(かみはかり)」をなされるという出雲地方に伝わる故事が全国的に広まり、10月を「神無月(かんなづき)」と記す文献が見え始めた。この経過から天神信仰とともに出雲信仰も伝承されたのではないかと考察されている。
役員総代が神社に集合し、暗くなりかけた午後六時から神送り神事が執り行われる。まず、神職からお祓いをうけ、宮司が本殿の御扉を開けて、出雲地方に伝わる故事をお伝えし無事に出発されることと留守の間もお鎮まり戴いている町村や氏子崇敬者の御守護を祈願する祝詞を奏上する。
次に明かりを全て消して,太鼓を叩きながら微声で出発(いでたち)祝詞を唱え、「オー」という掛け声を三回掛けて神々をお送りする。(これを出発の儀と呼ぶ)最後に、宮司が本殿の本殿の御扉を閉めて、役員総代全員で直会を行い神事が終了する。
1ヶ月後の10月24日、辺りが真っ暗になった午後6時に同じく役員総代が集合し神迎え神事が始まる。
まず、神職からお祓いをうけて、宮司が本殿の扉を開けると本殿、拝殿の全ての明かりを消して、出雲から無事お帰り戴くためのお迎ひの儀を行う。(作法は出発の儀と同じ、ただし祝詞が鎮座祝詞になる)明かりをつけて、無事御戻り戴いた事をお祝い申し上げると共に、これからも永く九鬼の町村や氏子崇敬者の御守護を祈願する祝詞を奏上する。
最後に、宮司が本殿の本殿の御扉を閉めて、神送り神事と同様に直会を行う。
尚、他の神社の総代から出雲に行かれている一ヶ月は九木神社には神様がいないのか?などの質問があるらしいが、九鬼の氏子の間には、遠くからでも九木神社の神々はお守り下さっていると同時に土地神である産土神が留守中はお守り下さると約束されていると言い伝えられている。
| 神社 コード |
4223005 |
|---|---|
| 鎮座地 | 尾鷲市九鬼町 455 |
| 御祭神 | 菅原道眞、大巳貴命、玉少彦命、事代主命、素盞嗚尊、稲倉魂命、大物主命、譽田別命、大國主命 |
| 祭祀 | 例祭 7月25日 岬祭 4月初旬 |
| アクセス | JR紀勢本線「九鬼」駅 下車 駅前より九鬼町行きバス「終点」下車 徒歩5分 |
