梶賀神社   – かじかじんじゃ –

 梶賀には尾鷲市の無形民族資料に指定されている梶賀ハラソ祭がある。この祭は大般若経の転読を行うため、鯨の供養が重んじれている一方、捕鯨の様を再現しこの地域の神々に奉納し大漁祈願したものと伝えられているが、現在、神社との関係が詳らかでないのが残念である。

由 緒

 当社の創祀については詳らかにし難い。ただし、「紀伊続風土記」には「社地森周三六間村中にあり、祀神詳ならず」という記されているところ、梶賀ハラソ祭の歴史からそれなりの古さがあると見られる。近世には梶賀浦の氏神 久立神社として村民の崇敬を集めていた。
 明治42年(1909)無格社稲荷神社と合祀して梶賀神社と改称し現在に至っている。境内社として稲荷社(倉稲魂命)が祀られている。

特殊神事

ハラソ祭り

 昔、梶賀浦は飢饉の時、常に鯨によって助けられた歴史を持つ古くから捕鯨を行ってきた地域のひとつであったが、明和年間を迎えると鯨が近海へ寄りつくこともなく、止む無く廃業や漁の中止をするようになった。
 当然、現在では捕鯨は禁止されているため、再び鯨を捕まえることはできないが、ここ梶賀浦では、今でも鯨に感謝の意を込めて、供養にあわせ捕鯨をしのび銛(もり)を打って突き取るという古法に基づき捕鯨のまねをし、氏神を始め浦の神々に捧げる「ハラソ祭り」が行われている。
 1月15日(以前は旧暦)、地蔵寺による大漁祈願と鯨供養の浦祈祷が済むと、この神事の主役である銛を打つ羽刺(ハダシ)、艫押(トモオシ)、竿取りの三人と水主(カコ)と経験者がハラソ船に乗り込む。そして、ハラソ船は近隣四郷(曽根・賀田・古江・梶賀)の総鎮守の飛鳥神社に漕ぎ出して行き、まず、網代へ二回ほど稽古突きを試み、ついで青年宿、飛鳥神社、浜の順に突きを奉納する。次に梶賀へ帰り小梶賀の鯨石から突き始め、氏神神社の梶賀神社で二回浅間様、若宮様、空神様、竈(かまど)神、恵比須様、稲荷様と突き納めて更に漁業組合長宅、入札場、青年宿、浜を突き終了する。
 ハラソ船は八挺櫓であるが普通七挺櫓を用いており、その漕法も最初は「ハンヤハンヤ」の掛け声で普通に漕ぐ。しかし、銛を突く場所に近づくと同乗する経験者(以後指揮者と呼ぶ)が艫押にヒカイ回し(左舷へ)とか、オサイ回し(右舷へ)とか指示する。そして、指揮者が「ハラソ」の掛け声に水主も「ハラソ」と囃しながら、櫓の漕法も古式に変えて、次の指揮者の「ハラヨイヨイオ」の叫び声で羽刺は艫先に飛び上がり、水主ら「ヨオヨオ」と囃す中、左右の肘を交互に上げ両手を胸にあて肩と肘を左右に振り一歩飛び出して、左手をあげ二回手招きして左肩ぬぎとなる。ついで同様に右肩をぬぎ、左足を左舷にかけサマタにかけてある銛を持ち突く姿勢をとる。水主の掛け声が「ヨイヨイヨイ」に変わり力の限り漕ぎまくると、艫押の「ハラヨイハラヨイ」の掛け声で羽刺は銛を投げる。銛が海底に刺さり、見物者が手を叩いて喜んだ後、竿取りが銛を引き上げて元の位置にかける。又、銛を投げ終わるとハラソ船は普通の漕法となる。
 以上の漕法で銛突きを全て奉納して祭りは終了する。
 「ハラソ祭り」は、鯨の供養をかねて、鯨とり漁業の古法を伝える貴重な資料として、尾鷲市の無形民俗資料に指定されている。

 祭典日 1月15日 

神社
コード
4223011
鎮座地 尾鷲市梶賀町 9
御祭神 倉稲魂命、不詳一座
祭祀 例祭  4月15日
アクセス JR紀勢本線「賀田」駅下車 駅前より梶賀町行きバス 「神社前」下車 徒歩1分