大口神社   – おおくちじんじゃ –

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由 緒

 大口とは、伊勢三川の宮川、五十鈴川、瀬田川の合流する地点が大水戸口(おおみなとぐち)を形成するが故に、大湊といい、また上下2字をとって大口と称したものである。『二宮使解』の元久元年(1204)10月條に「抑度会郡大湊ノ平湯浜并宮河ノ合流、字ハ子勾埋地壹処、四至ハ限リ2東ハ松原ヲ1南ハ限ル2大口ニ1」とある。
 また、大湊の『大田家文書』には、「昔時度会郡箕曲郷大湊の戌亥に勾村あり。 同村の分村にして、長徳3年(997)の頃大口村と称し一村たりし、明応7戌午年地震津波のため人家田畑流失して其地を再興の目途之無に據り同村の人民若干諸村へ住居し、その中8戸ばかり人民謀りて氏神水饗社を奉載して同郡勾村字升鼻の洲寄りに住家を構え、一村の姿をなし竹ヶ鼻村と称し、氏神水饗社の称号を換えて旧村名大口神社と唱えたり云々」とあり、竹ヶ鼻村の発祥と大口神社の由緒がうかがえる。
 往古、水郷の守り神として勾村字三津社という地に河原大社、水饗社、河原饗社という三社の水に関する神が祀られていたが、明応の大震災により、水饗社を竹ヶ鼻に遷移し、大口神社と改称したというのである。
 明治に入ると、神社合祀令により、同41年4月17日に村社小木社(現、箕曲神社)に合祀される。しかし、昭和20年11月には、箕曲神社から分祀され、大口神社として奉斎され今日に至っている。
鎮座地 伊勢市竹ヶ鼻町53-2-2
電話番号
御祭神 《主》速秋津彦命(はやあきつひこのみこと)速秋津比売命(はやあきつひめのみこと)手置帆負命(たおきおいのみこと)
《合》河神、水神
祭祀 例大祭:9月16日
春の大祭、秋の大祭
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