宮本神社   – みやもとじんじゃ –

宮本神社

境内神社:山神社(大山祗神)
社  殿:本殿(神明造)拝殿 社務所 祭器庫
境  内:683坪
氏  子:200戸 佐八町 津村町 大倉町 前山町

由 緒

 当社は度会郡宮本村大字佐八に鎮座する村社八柱神社に、明治43年6月、八柱神社の境内社の山神社、津島神社、愛宕社、大字前山の村社白石神社、同境内社養命神社、無格社中林社、同和泉社、大字佐八の無格浅間社、同稲荷社、大字津村の村社八柱神社、無格社津島社、同境内社山神社、無格社稲荷社の各社を合祀し、村社宮本神社と単称したものである。
 この大字佐八の八柱神社は、明治の神仏分離令以前は八王子神社と称し、五男三女神、天忍穂海人命を祀る産土神であった。その創祀については次のように伝えられている。
人皇十一代垂仁天皇の御守、皇女倭姫命が天照大御神を奉じて諸国を巡行し、伊勢国度会郡宇治の五十鈴川上に大御神を鎮祭した時、度会郡の辺に一人の漁夫がいた。この漁夫に「この川の年魚を御饌にして奉献せよ」という天照大御神の勅令が下り、漁夫は漁をして年魚を奉献した。その功により漁夫は天皇より天忍穂海人命という名を賜わる。後に、この漁夫が122歳で亡くなったのを当社に奉斎し、産土神と崇祀したのが当時の創祀である。
人皇三〇代欽明天皇の御宇、藤波祭主がこの地を拓き、土地の名を沼木郷藤波ノ里浅生地(そうち)と称したという。昔の神勅のままに竹箒を組んで年魚を獲り、天照大神に献上することを業としていたが、やがて年月が経つにつれ、田畑を起し、民家70戸余りの澤地村が出来た。また、人皇七十八代二条院の御字には、毎年12月28日に年魚を六つの桶に盛って、内宮長官である一禰宜に贈り、その年魚は正月元旦の供進に用いられたと伝えられている。この年魚献備は村名を佐八と表記するようになった頃から無くなっている。
 当社が天忍穂海人命を祀る社で、鮎を媒介として神宮と関わりの深い社であったことは上述のごとく察せられるが、何如にして八王子社と呼ばれ、五男三女神を祀るようになたかは詳かではない。
鎮座地 伊勢市佐八町767
電話番号
御祭神 五男三女八柱神、速素盞嗚命、倉稲魂命、火具土命、天忍穂海人命、式部比咩、木花開耶姫命、大山祗神、松吉五社稲荷神、神名不詳八座
祭祀 例祭 12月11日
アクセス 三交バス南島線または沼木線「佐八農協前」下車、5分