石神社   – いしじんじゃ –

由 緒

古来より石(いわ)神社とも称していた。『三国地志』によれば、当社は比々留明神祠と言い、比々留明神はひびる谷つまり昼生七郷の総社として崇められていたとのことである。御巫清直の『神社検録』は、次のように記述している。「其村(三寺村)ノ産神村ノ西ナル小山二在、広大ノ社地ニシテ、樹木欝葱シ兆域ノ嵓鑿壁鑿セルカ如シ、實二千歳ノ旧祠ト見ユ、社前ノ田ヲ石カ原卜云ヒ、東ノ谷ヲ天神カ谷、北ノ谷ヲ岩ノ谷ト字ス、西ハ馬場ノ畠二列リ、ママニ古道アリテ域内二人ル、礼南ノ小山二嶮路ヲ開キ、鳥居ヲ建テ扁額ヲ掲ケ正一位晝生大明神ト記ス、文化年中ノ所作ナリトソ」一時期、昼生大明神と称したのは、いつの頃にか社号が不明になって行ったかららしく、本来は、社参道の口に立っている「石神礼拝所」と書かれた石標の示す通り、石神社であるとしている。(明治7年建立)当神社所蔵の獅子頭一ロは、古来3年に一回ずつ安知本から下の庄に至る道中を順に舞ってまわる慣例になっている。

特殊神事

獅子舞い(元旦早朝より2日深夜)

 石神社の「獅子頭」書生大神は神宝にて、丑、辰、未、戌の年に式年大祭として、五穀豊穣、無病息災を願い、神事を通じて除災の儀式と同時に氏子地区民の楽しみであったと思われる。

 元旦早朝拝殿にて「獅子頭」の出御の神事斎行のあと、神役の鉾役、御頭役、御太鼓役、御笛役(2人)、口取、後舞の7人構成と旧神役、自治会長役員、保存会員が列次を整えて神社を出発する。地区の公民館広場にて舞が始まり、ひと舞、三部構成になっている。四方祓いの舞、花の舞などがあり町内を巡舞する。

 最終日は、お山入りの神事があり、舞納めの後、夕刻より高張り提灯をかかげ神社へ参進し、御本殿に厳かに鎮め奉って神事は終了する。

 尚、当神社の「獅子舞」は昭和30年亀山市無形民族文化財に指定されている。獅子頭は笛がある獅子として、全国的に数が少ないとされている。

神社
コード
4222007
鎮座地 亀山市三寺町590
御祭神 《主》須佐之男命