川俣神社(加太板屋)   – かわまたじんじゃ –

由 緒

当社は延喜式内社と伝えられているが享保11年(1726)11月に起こった板屋の大火で社記・伝記等悉く消失してしまっている。口碑によれば垂仁天皇の御代天照大御神を伊勢に遷座の途次、鈴鹿郡小山宮において大比古命(川俣県造の祖)が味酒を奉ったとの伝承があり今も12月3日には味酒を朝日に献じる風習が残っている。この社は古くから川県神社といわれ県川と富人川と呼ばれる加太川の川俣神を祀ったことに始まるといわれ主祭神は大比古命である。延宝6年(1678)に石造の鳥居を建立つしているが石材は中在家で造り、2月2日に柱部を北在家と板屋で、笠部は中在家で運搬し同月13日完成、谷中こぞって祝い酒に餅まきでにぎわったといわれる。費用は総額十両、石工は和泉村(今の井田川)の長左エ門であったという。相撲の名残だという。伊勢、伊賀、近江の三国が草刈場の優先権を三人相撲で決めたといわれ「加太の三人相撲」として有名であったということである。また、加太の川俣神社が鈴鹿川の最上流に位置することから、他の川俣神社の祖となっていると古書に伝えられている。
神社
コード
4222020
鎮座地 亀山市加太板屋 5470
御祭神 《主》大比古命、《配》神武天皇、仁徳天皇、品陀和気命、豊受姫命、大日孁貴尊