片山神社   – かたやまじんじゃ –

由 緒

延喜式内社に列せられている神社でもとは三つ子山に鎮座ましましたが、度々水火の難にみまわれたので、永仁5年(1297)現花地へ奉遷し、鈴鹿神社をも合祀した。鈴鹿神社もまた水害に逢うこと一再ではなかったからである。かくして、奉斎した神社の位置が、名にし負う鈴鹿越えの難所であったので、東海道上り下りの旅人から『鈴鹿権現』として広く崇敬されるところとなり、往来する士民の安全祈願所となった。殊に、早天の年には雨乞いに訪れる集落が400を越したという。古くは国司の造営もあり、神領も多かったが、戦国の世となってからは横領せられることもしばしばで、亀山城主と信楽代官とが御供米を献ずるのみとなって廃藩の時を迎えたのであった。明治元年(1868)9月、明治天皇御東遷の砌、社前に玉輿を留めさせられ、勅使植松権少将をして奉幣せしめられた記録がある。明治40年地域内の神祠を合祀して今の姿となった。県下神社の範として、戌申詔書の謄本を下付されたこともあった。
神社
コード
4222019
鎮座地 亀山市関町坂下 624
御祭神 《主》倭比売命、《配》瀬織津比売神、気吹戸主神、速佐須良比売神、坂上田村麿、天照大神、速須佐之男命、市杵島姫命、大山津見神