室子神社   – むろこじんじゃ –

image12-

 祭の日の早朝、昔からのしきたりを厳格に守り受け継いできた当人(神社の名代で祭の主役)は伸びた髪と髭を剃り、海に入り禊を終える。午前9時に衣装を整えた当人はガズ、トモ、サカイキハヤシ、踊り子などを従えて、出立ちの式を行った後、関船に乗り込む。「出立ちの唄」を歌いながら室古神社・阿古師神社の名代としての関船二隻がゆるやかに湾内を巡る。神事の後、40人ほどの屈強な海の男たちが当人の乗船を合図に出航し、神武東征伝承に因んだ早漕ぎ競漕が展開される。八丁櫓をあやつり、太鼓が早いリズムで打たれると、掛け声をあげて必死の競漕になる。周囲には、鰹つりの伴船や数十隻の漁船が応援のため併走し、静かな湾内を波をけたてて走り、室古師神社・阿古神社へ向かう。この早漕ぎの技術は、熊野水軍や鯨漁の勢子船(せこぶね)にも生かされ、実に勇壮な船漕祭として伝えられてきている。

由 緒

 口承によると、神武天皇東征の折、この紀伊の海上を航行の際、暴風雨の難に遇って船団は漂流、天皇の御兄稲飯命、並びに三毛入野命は入水して薨御された。風浪治まって後、土民が両命を発見、帰港して二所に奉葬し、うち稲飯命の御陵を尊崇して産土神として祀ったのが当社であり、また三毛入野命を尊敬して祀ったのが阿古師神社となり、それが両社の創始と伝える。爾後、その当時の情景を模して、毎年5月5日及び11月3日の祭典を斎行。以上の如き由来より、両社の例祭等の祭典は同日、同様に行われ、両者密接な関連を有する。尚、当社の社名は、古来当地を牟婁崎と称し、それに依拠したと考えられる。明治39年12月に神饌幣帛料供進社となり、翌年12月5日に境内社の底筒男社を合祀する許可を得、続いて大字二木島鎮座の稲荷神社を合祀する許可を取り、明治41年4月15日に合祀を執行した。
鎮座地 三重県熊野市二木島町67
電話番号
御祭神 稲飯命、底筒男命、稲倉魂命
祭祀 5月5日
11月3日
春祭 2月17日
アクセス JR紀勢線「二木島」駅下車、4キロメートル