辰水神社 – たつみずじんじゃ –



由 緒
当社の前身は辰の口神社と称え大字家所(中世は宅所と書いた)字南ノ内に鎮座あり、奉仕する神主は大和国広瀬ノ宮の神主で天文八年(1539)正月領主三河守藤安、同帯刀等と共にこの地に移住したという。領主家所三河守、この社をいたく崇敬し東高倉山に遷座して氏神とし、供米三五石を寄進したが天文の兵乱に一族は滅亡し社殿もことごとく破却して村里も落薄してしまった。時は元亀3年(1572)4月2日のことであった。里人のこのことを嘆いて小祠を築こうとしたが寛永年(1624-43)の頃、藤堂高虎公が伊勢、伊賀の領主となったのを機に社殿復興に力を尽くし一村の氏神としてこれを崇敬した。明治41年9月18日辰水地区内の各神社を合祀する許可を得てよ翌42年4月8日に合祀祭を執行し辰水神社と単称した。こうして合祀した神社に船山神社がある。鳥岩楠舩命を祀る船山神社は美里村内唯一の延喜式内社であったので昭和63年式内社顕彰碑を建立して往時を偲ぶよすがとした。旧社地の入り口に社号標や石灯籠、手水鉢などが残っており船山地区の人達は今も「式内さん」とよんで親しんでいる。特殊神事
神輿渡御(児童)
毎年10月8日の例祭の前日には神社より神輿渡御(児童)が繰り広げられる。山村地域のためか部落毎に6地区に別れ、それぞれが部落の一軒を廻り、五穀豊穣、万民和楽を願い乍ら地域を津々浦々まで練り歩き、元気な子供達と親の姿(絆)が見られる。夕刻にはすべての行事も終り、神社に集結、戻される。その後日、例祭に移り浦安の舞が奉納される。
| 神社 コード |
4204019 |
|---|---|
| 鎮座地 | 津市美里町家所 1941 |
| 御祭神 | 《主》鵜草葺不合尊《合》多紀理毘売命、多岐都比売命、市寸島比売命、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊、天之菩比能命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命、大山津見命、須佐之男命、火之迦具土命、菅原道真、木之花佐久夜比売命、品陀和気命、彦火火出見命、八衢比古命、八衢比売命、鳥之石楠船命、天児屋根命、宇気持命、大日孁貴命 |
| 祭祀 | 例祭 10月8日 |
