尾前神社   – おざきじんじゃ –

由 緒

当社は延喜式内社で、祓所の霊神 速佐須良比売命を主祭神とする。垂仁天皇18年、勅命によって今の千里ケ丘中尾前の地に神殿が建てられていたが鎌倉時代の後期に至って里人と共に現在地に移ったとみられている。霊験あらたかなとことから、天武天皇より「尾前土宮」の宮号を賜り、1名「土御前」と号した。更に後鳥羽天皇の御宇には、「奄藝祓所」の称号を受けている。宝物となっている獅子頭二口は、高倉天皇の御代に、朝廷から献じられたものと伝えられている。上野の城主より社領として米5石を受領している。明治維新に際し、天皇は神宮に参拝の帰途、勅使に代参を命じられたとの記録がある。明治末の神社合祀令によらず、1社として今に続いている。

特殊神事

獅子舞

 『風土記詳略』によると、「高倉天皇承安三年(一一七三)伊勢の国内に疫病、妖魅が盛んにおこって国郡が不穏であった。同四年春正月に朝廷は勅を下して国中の悪鬼邪鬼を祓うため御獅子数口を造らし、尾前土宮に二口を奉納せられた。この御獅子祈祷によって国中の悪疫病魔直ちに終息せり。」とある。以来四年に一度、舞年を定め村中はもとより北は現在の鈴鹿市若松、南は津市、西は亀山市、東は磯山、上野、豊津、白塚へと神楽祈祷を続けてきた。しかし社会情勢の変動や戦争等により中止をせざるを得なくなった時代があった。第二次世界大戦後の昭和24年に復活したが、舞人の人材不足等もあり、継続が難しく舞神楽を再々中止をする状況であった。その後住人の間から再び復活の気運が高まり、昭和54年に保存会が結成され、河芸町無形文化財に指定され今に至っている。

神社
コード
4204003
鎮座地 津市河芸町東千里 759
御祭神 《主》速佐須良比咩神、《配》塩椎神、大山津見神、品陀和気神
祭祀 例祭 10月10日