美濃夜神社   – みのやじんじゃ –

由 緒

景行天皇3年初めてこの地に金山彦命を祀ったと「伊勢惣国風土記」と「槁本家文書」には記されている。「延喜式神名帳考証」には美濃夜みのやは「水之祖」みのおやの意であるとして祭神に彌都波能賣神をあげている。また本社を溝渕大明神と称えていたことから、雲林院家の御祖氏(みそうじ)神を祀ったものとする説もあるが御祭神の中にこの神の御名は見えない。康和5年(1103)忍田地頭宗重の棟札が残されていることから雲林院氏抬頭以前、平氏の時代から衆人の崇敬が厚かったことが伺える。察するに、雲林院氏が天正の乱に失脚するまでは、春秋の祭礼も盛大であったようで往時を偲ばせる棟札十数枚が残されている。明治41年3月村内にあった無格社16社を合祀して今の姿になった。

特殊神事

獅子舞

美濃夜神社には二頭の獅子があるが、そのうち一頭は忍田の駒田家の屋敷にあった楠の大木から彫成し、忍田明神社社に奉納されたものが、いつごろか美濃夜神社に伝えられるようになったと言われている。当社の獅子頭は古来から忍田をはじめ椋本等近郷を巡回した。獅子舞は悪魔除けの神事としてこれを受けることを希望するものが多かったらしく、舞の経費として銭二百文を庄屋方へ出せば、「自分舞」といって、獅子舞を受けることができる。これに対して村全体の祈願として受けるのを「村舞」といった。村舞は各村の庄屋の庭で舞うのが常で、自分舞の時は各自希望者宅の庭か広場で行われたが、この各一連の神事を一庭と呼んでいる。


羯鼓踊り

秋祭り、盆日のほか農耕期に特に踊られた。踊子の編成は大太鼓、かんこ太鼓、横笛、ほら貝の他「ケイゴ役」として、シャゴマが二頭出る。そして、子供五名程で友禅の着物を着て大太鼓をたたく。当社では毎年10月の例祭に「かんこ踊り」が継承されている。

神社
コード
4204017
鎮座地 津市芸濃町雲林院 2750
御祭神 《主》淤美豆奴神、《配》深淵之水夜礼花神、火産迦具都智神、波迩夜須毘売神《合》金山毘古神、猿田毘古神、天宇受売命、八衢毘古神、健速須佐之男命、八衢毘女神、天穂日命、天忍穂耳命、天津彦根命、活津彦根命、熊野久須日命、多紀理姫命、田心比売命、市伎島姫命、美都波能女神、瀬織津姫命、上筒男命、中筒男命、底筒男命、久那斗神、迦具都知神
祭祀 例祭 10月15日