八雲神社(一色) – やくもじんじゃ –



由 緒
社殿によれば、『三井家旧記に、弘治元年(1555)三井治郎左エ門高次長子高治が、江州佐々木四郎高綱の鎮守神である牛頭天王を勧請奉祀するとあり』と見えている。佐々木氏の一統であった三井治郎左エ門高次と高治の父子は一族郎党30人余人を率いて紀州路を転戦の末、戦に負けて豊津の浜に辿りついたという。当時は、家屋もまばらで殆ど人影もない。空腹に耐えかねた武士たちは、ザルに入れてあった「よまし麦」をむさぼり食い、そこへ家人が帰って争いとなったが、事情がわかって事無きを得、三井の残党はこの地に住みつくことになった。そして前記の牛頭天王を勧請となったというのである。特殊神事
ざるやぶり神事 7月15日
この神事の起こりは、室町時代中期に紀州の戦いに敗れた三井治郎左衛門高次の一族が船で逃れ一色の海岸にたどり着き、疲労と空腹のあまり一軒の民家に入り込んだ一族が、ざるに入った「よまし麦」 を家人と奪い合った。以来、一色に住みついた三井高次は弘治元年(1555年)に八雲神社を建立した。この神事はよまし麦のざるを奪い合ったありし日をしのぶ意味から行われるようになり、豊漁と安全を祈願する祭りとなった。7月15日の夜に裸男たちが神前に供えたお饌米の入った「ざる」を体にぶつけ合い、もみ合いながら、やぶるという勇壮な裸祭である。
| 神社 コード |
4204012 |
|---|---|
| 鎮座地 | 津市河芸町一色 409 |
| 御祭神 | 《主》須佐之男命、《配》倉稲魂命 |
| 祭祀 | 例祭 7月15日 |
