長野神社 – ながのじんじゃ –



由 緒
現在の当神社の鎮座地は、もと神明神社奉斎の地で、里人の尊崇をあつめた処である。神明神社の創立年代は詳かではないが、旧記によれば「安濃国造」について「神明社ハ大日孁貴命ヲ祀ル、ソノ境内社安濃国造社ハ国造ノ祖真桑枝太命ヲ祀レル社ニシテ往古安濃ケ嶽ノ半腹ニ鎮座アリシヲ正応二年(1289)正月十一日長野祐藤衆人ノ礼拝ヲ易カラシムル為ニ 神明社地ヘ奉遷セシモノニシテ 安濃ケ嶽トハ今ノ経ケ峰ノ謂ナリ 安濃国造ヲ祀ルハ本社一社ニ限ル」との記述がある。また「長野家三代祐房殊ニ寛仁温和ニシテ民心脱服セリ 里人コレヲ敬慕シ 神明社境内二一祠ヲ建テテ祀ル 時二貞和三年(1347)九月八日ナリ」とあり これが細野大明神である。これらの記録よりして神明神社の創立は八百年以上さかのぼることができる。明治41年6月までに長野地内全域の神社、小祠を合祀して今の姿になった。境内社「英霊顕彰殿」は戦没者遺族会と村内有志の熱望により昭和28年8月15日造営、村内の英霊128柱を合わせ祀ったものである。特殊神事
祇園会祭 8月15日
五穀豊穣、疫病退散を願い斎行されている。この祭は大正6年に合祀された北長野地区の須賀神社において6月15日に斎行されていたもので、現在は北長野地区が主動となり昼の「宮踊り」、夜の「寺踊り」を8月15日に斎行されている。
| 神社 コード |
4204020 |
|---|---|
| 鎮座地 | 津市美里町北長野 2129 |
| 御祭神 | 《主》大日孁貴命《合》木花咲夜姫命、応神天皇、天児屋根命、速玉之男命、健速須佐之男命、宇賀御魂命、火之迦具土命、大山祇命、手力男命、八衢比古命、八衢比売命、麻桑枝太命、長野祐房、長野祐高、長野祐冬 |
| 祭祀 | 例祭 10月10日 |
