箕曲神社(箕曲中村) – みのわじんじゃ –


由 緒
当社の創祀は、社伝によれば永禄年中郷士中村氏が相州鎌倉の鶴岡八幡宮より分霊を勧請し、当地に祀ったことによる。中村氏は弓矢の名家にて、蟇目の秘伝を学び、当社を弓矢八幡宮と号して崇敬し、近郷の人々も鎮守神として信仰したと伝えている。ところが、天正伊賀の乱により社殿以下ことごとく焼亡するに至った。その後、寛永一三年(一六三六)に至り、人々産土神として本社を再興し、中村氏は社掌として代々社務を司った。近世の地誌類によれば、名賀郡の神祠に正八幡、八幡祀としてその名が見られる。社殿の造営は寛永以後も続けられ、現存する練札によって、そのことが判る。明治四一年(一九〇八)大字中村字五百刈鎮座稲荷神社他、五社を合祀して社名を箕曲神社と称した。大正一三年(一九二四)先に合祀した稲荷神社を分祀し、同社は箕曲村大字瀬古口に鎮座した。| 神社 コード |
4220017 |
|---|---|
| 鎮座地 | 名張市箕曲中村 821 |
| 御祭神 | 《合》宇迦之御魂神、建速須佐之男命、大物主命、火之迦具土神、大山祇神、天手力男命、《主》応神天皇 |
| 祭祀 | 秋祭 10月第3土日曜日 |
