鹿高神社 – かたかじんじゃ –


由 緒
当社の創祀については、詳らかにはし難い。社伝によれば、壬申の乱のおり大海人皇子が吉野より美濃へ進軍される途上この地を通られ、おりしも宇陀川が洪水となり、皇子の進撃を妨げた。その詩神霊二頭の鹿となって現れ、軍を対岸に無事渡した。ところが二頭の鹿は一頭に変じたため、以後この地は「片鹿」と呼ばれ、これが現在の「鹿高」となったと云う。さらに、壬申の乱の跡、大海人皇子はこの時のことを感謝され、鹿高の大神としてこの地に奉祀された。のちには奈良の春日神も併せ祀るようになったと伝えている。この伝承をうけ、天正13年(1585)成立と伝える「安部田村由来記」には、慶雲3年(706)に白鹿霊春日明神を相殿の神として斎き祀ったと記している。平安時代になると三代実録」貞観15年9月27日条に、正六位上鹿高神社大神を従五位下の神階に進める記事が見られるが、大正伊賀の乱により、社殿をはじめ全てを焼亡したため近世以前については不明な点が多い。江戸時代には、春日明神或いは春日神社と称し氏神として近郷の人々の崇敬を集めた。明治40年(1907)境内社蛭子社、他をそれぞれ合祀し、さらに翌41年には大字井手字立石鎮座無格社海神社を合祀の上社名を鹿高神社と改称した。| 神社 コード |
4220009 |
|---|---|
| 鎮座地 | 名張市安部田 1942 |
| 御祭神 | 《主》鹿高神、《合》大山祇神、《配》天児屋根命、蛭子命、五男三女神、応神天皇、建速須佐之男命、大物主命、菊理比売命、宇迦能御魂神、奥津日古神、奥津日売命、市杵島比売命、大日霊貴神、八意思兼神、火之迦具土神、大綿津見神 |
| 祭祀 | 例祭 10月21日 |
