蛭子神社   – えびすじんじゃ –

由 緒

当社の創祀については、詳らかにはし難い。社伝によれば、崇神天皇の御代天皇が大和笠縫より隠市守宮に御移座の時、この地域の神戸等朝夕に鮎を供し、御饌を供することは神宮の御饌殿のごとくであった。この隠市守宮が当社鎮座地であり、ここに八重事代主命と天照大神を祀ったのを創祀と伝えている。また、『倭姫命世紀』 には、隠巾守宮に霊鏡が飛翔した記事があり、さらに『延長風土記』に、月に6度の市が開かれていたとの記載があって、古くより当地が聞かれていたこと及び、付近に神宮の御厨があったことが判る。江戸時代の地誌類には、恵比須宮或いは市守宮として紹介され、近郷の人々から篤い崇敬をうけていた。明治41年(1908)、同じ鍛冶町鎮座の愛宕神社及び当社境内社往古神社・多賀神社を合祀した。昭和23年、先に合祀した愛宕神社を氏子崇拝者の熱意により分祀し、現在に至っている。
神社
コード
4220003
鎮座地 名張市鍛冶町 97
御祭神 《主》八重事代主命、《配》三筒男命、伊邪那岐命《合》天照皇大神
祭祀 例祭 2月8日