國津神社(奈垣)   – くにつじんじゃ –

由 緒

國津神社が鎮座されるこの奈垣の地は、かつての伊勢の神宮領である六箇山に属していた。承平4年(934)の文書に「長木」とある。また、長承3年(1134)東大寺文書に「國津祠」とあり、平安時代末期にはすでにこの地に鎮座され祭事が執り行っていたことがわかる。天正10(1583)年伊賀の乱により社殿(古記録)焼失する。 明治4年村社列格、明治41年名賀郡國津村大字奈垣、神屋等の計18社を合祀する。大正3年には三重県告示により神饌幣帛料供進指定社となる。

特殊神事

蘭祭(あららぎさい)

4220020(2)

 旧暦2月16日(現在は旧暦2月16日に近い日曜日)に疫病除けを祈願する「蘭祭」が斎行される。蘭祭は神屋地区で疫病が流行し伊勢国より蘭大神を迎え祀ったことを起源とする。江戸時代の天明年間(約240年前)に神屋で疫病が流行する。村の医者である青木儀右衛門は治療に当たるが疫病は日々猛威を奮い手に負えなくなる。そこで儀右衛門は國津神社で祈願すると「伊勢国宇気郷村から蘭大神を迎え祀れば願いは叶う。」とお告げがある。儀右衛門はすぐに伊勢国の蘭神社に向かい御分霊を受け神屋の早稲冷にお祀りする。すると疫病の勢力はみるみるうちに衰え、以来この地域に疫病、流行病はなくなった。蘭神社は明治41年の神社合祀令により同村奈垣の國津神社に合祀され蘭祭は國津神社で斎行されることになる。また、伊勢国の蘭神社は現在の三重県松阪市柚原町に鎮座される蘭宇気白神社とされる。

 蘭祭には氏子地域(約80戸)4地区よりそれぞれ数件の当屋が家並順に選出される。当屋は全氏子より一戸一升のもち米を徴収して各地区の集議所にてお供えの餅をつく。餅は直径約三寸で「御供(ごく)」と称される。御供を神前に供え宮司が祝詞を奏上、舞姫が浦安の舞を奉納する。祭典後は境内にて御供まき(餅まき)が執り行われる。御供は太鼓の合図により神職、舞姫、氏子総代、区長、当屋によって一斉に撒かれる。参拝者は疫病除け、流行病除け、無病息災などのご利益があるとして御供を拾い合う。御供まきの後は蘭大神のお札を受け自宅の神棚で祀るのが習わしとなっている。

神社
コード
4220020
鎮座地 名張市奈垣 2042
御祭神 《主》大國主命、《合》崇徳天皇、應神天皇、下照姫命、建速須佐之男命、火之迦具土命、経津主命、大綿津見命、五男三女神、速玉之男神
祭祀 祈年祭   2月
蘭(あららぎ)祭 3月
十五夜祭  9月
例祭宵宮祭 11月2日
例祭    11月3日
新嘗祭   11月23日