廣幡神社 – ひろはたじんじゃ –



由 緒
旧くは正八幡宮と称し、寛永7年8月15日菰野藩主従五位下土方丹後守雄氏公石清水八幡宮より勧請し、爾来同家の鎮守社となる。明治3年10月藩庁及管内鎮護の社となる。合殿の諏訪神社は菰野郷草創の社で村中里民の産土神なりしが慶長年中土方家並に藩士の産の産土神となる。慶長13年3月領主雄高公の命に依り諏訪神社を南山に奉遷す。明治4年10月23日菰野県庁の命に依り諏訪神社を正八幡宮に合祀して廣幡神社と改称し、明治6年三重県庁より第一大区456小区郷社と定められる。明治40年より村内全部の郷社1村社倭文神社、菰野神社、平岡神社、日吉神社、江田神社、須賀神社、豊岡御厨神社、春日神社を合祀する。特殊神事
神輿 渡御 還御の神事 十月第一日曜日(金、土、日の三日間)
古文書の初見では、元文四年(一七三九年)八月十六日より三日間行われた。倭文神社から倭文神社旅所(合祀により現在は廣幡神社旅所)への渡御に始まり、当初は露払、旗等を付し神官氏子等が供奉したが、寛政年間になり真榊、宝剣、提灯、金鉾、幟等で威儀を整え、明治八年には高張等を加え、さらに明治二十四年に伶人、舞女等も加え、合祀後も存続し、列次や日時は現在の形に改めた。供奉者百五十名余が参加し、一時間半かけて神幸する。
また合祀の際、草競馬の奉納が始まり、先の大戦により一時中断されたが、昭和二十一年豊年を祝い復活される。その後奉納相撲大会が行われるようになり、現在も少年相撲が奉納されている。
| 神社 コード |
4203001 |
|---|---|
| 鎮座地 | 三重郡菰野町大字菰野2770 |
| 電話番号 | 059-393-2501 |
| 御祭神 | 《主》誉田天皇、《合》軻遇突智命、建葉槌命、大日孁神、蒼稲魂神、市杵島姫命、大山祇命、建速須佐之男命、倭比売命、伊波比主命、菅原道真、中山祇命、奥山祇命、八衢彦命、八衢姫命、万幡豊秋津師比売命、土方雄永、比売神、建御雷之男命、五十猛神、大屋津比売命、大市比売命、抓津姫命、八十神、大穴名牟遅神、大山咋命、天兒屋根命,羽山津見、《配》建御名方命、事志呂主命 |
| 祭祀 | 4月第二日曜日 秋祭(神輿巡行・少年奉納相撲) 10月第4金・土・日 |
