尾鷲神社 – おわせじんじゃ –


古くから「尾鷲の総氏神」として、氏子を始め、崇敬者他遠方からも親しまれている。ヤーヤ祭りは、旧正月にあたる2月1日から5日の5日間、神事、祭事が賑わう全国でも珍しい奇祭として名高い。2月1日、午前零時の御扉開きから始まり、2日~4日はヤーヤ行事、5日は祭典、弓射、最後に獅子御出ましで祭りを閉じる。特に2日~4日の夜、行われるヤーヤの練りは宵宮とも呼ばれ、二十町の若者達が集団を組んで「チョウサ・チョウサ」の掛け声と共に激しく練り合う姿は、主祭神の武速須佐之男命の武神を称えるが如く勇壮豪快で見物である。 又、境内にある大楠(夫婦楠)は樹齢1000年以上経ており、県指定の天然記念物に指定されている。
由 緒
当社の創祀は、宝永(1707)・安政(1854)の大地震による大津波で記録・古文書などすっかり流出しており詳にし難いが、社伝には大宝年間(701~703)に武速須佐之男命(素戔鳴尊)を勧請したと伝えられる。口碑による鎮座年代、或いは、「紀伊続風土記」に神宮の神領であり、遷宮には外宮神職が神事を執り行ったとの記述から、通称、大宝(オオタカラ)天王とも称し崇敬せられてきた。明治8年に尾鷲神社と改称して郷社となり、旧浦村の氏神社を合祀し御祭神が現在の22柱を数える。神饌幣帛料供進社。境内社として皇大神宮(天照大御神)、稲荷神社(宇迦之御魂神)が祀られている。
特殊神事
巻藁結(まきわらゆい)神事
この装飾を施した巻藁こそ神霊の鎮まります座となる。この他、梼屋に注連縄を張り廻らしたりと一切の準備が整ったら、宮司を招いて午後1時頃から一番、二番、三番の順に梼屋開きの祭りを執行する。まず、お祓いをして尾鷲神社の大神等を巻藁にお招きし、梼屋奉告の祝詞を奏上する。続いて初弓射の儀として飾ってあった小弓と矢を取り、巻藁の的に向かって、宮司と弓射(ゆみゆい)が、それぞれ二本ずつ矢を放つ。次に、宮司、梼人、弓射、他関係者の玉串拝礼を行い、最後にお招きした大神等を尾鷲神社にお送りして祭りを閉じる。
尚、梼人、弓射、汐撫(しおなで)の3名は、その日からヤーヤ祭りの終わる2月5日まで、梼屋を精進部屋とし泊まり込み寝食を共にしながら、毎朝夕、浜で垢離(こり)をかいて禊(みそぎ)を行った。しかし、昔とは生活形態が変わってしまった為、現在はこの泊まり込みは行われていない。
祭典日 1月8日又は近き日曜日
ヤ―ヤ祭り
ヤーヤ祭りとは、尾鷲神社の例大祭の通称名である。この呼び名の由来は武士が合戦時に名乗りをあげる「ヤーヤー我こそは…」からといわれる。
これは戦国時代に遡り、当時の庄司・仲氏をはじめとする地侍衆が尾鷲神社の大神等の武運にすがり合戦に大勝利した事を後世まで語り継ごうと、鎌倉時代の頃から執り行われてきた神事(例大祭・大弓の儀など)に期間中を賑わそうと氏子が中心で行う祭事(練り、大名行列、手踊りなど)を取り入れて祭りを行うようになった事に起因している。
当初、尾鷲神社もこの地方にはよく見られる宮座制度で地侍衆が一番、二番、三番の親方を努め神事を執り行ってきたが、江戸時代になり、氏子の生活もだんだんと安定してきた。すると、町中から祭りにも参加したいとの声があがり、一番、二番、三番の親方に幾度となく懇願して、遂に親方衆からその役を仰せつかり、祭りを梼人が執行する梼屋制がとられるようになった。この事柄は、七度半の遣いとして今も残っており、その頃の雰囲気を漂わしている。通常、梼屋制とともに梼屋イコール親方となり、この地方の大半は宮座がなくなってしまったが、尾鷲神社においては、親方の家筋が固定されてきたため、他の家系が入ることができなかった。従って、宮座制度の親方衆が残っていることが貴重であり、その血統である庄司・仲氏らの家系が宮座・親方衆として、現在でも神事、祭事執行の重き役目を務めている。
ヤーヤ祭りは、もともと旧暦の正月(一月一日から八日)の八日間、神事、祭事が賑わう祭であったが、明治以後の新暦の採用など数度の改革を経て、現在は二月一日から五日の五日間に短縮されて執り行われている。しかしながら、祭りの伝統の継続継承を重んじ、
約三百五十年程前(江戸時代の初期)に形成された神事、祭事を三日間短くなった現在でもほとんど変える事無く伝えているのがこの祭りの大きな特徴でもある。祭りの形状は、旧尾鷲町である二十町から毎年三町が祷務町となり、その代表者を祷人と称し、汐撫(しおなで)・弓射(ゆみゆい)にあわせ薙刀振り、飾り弓持ちなど大名行列を仕える子役達全体を役人(やくど)といい、特に祷人・汐撫・弓射の三人を将党(しょうど)と呼び、こ
の役人を従えて神事、祭事における奉仕の主役を務める。
二月一日、午前零時の御扉開きで大神をお呼び出しして、いよいよ祭りが始まると午前十時に祭りの歴史を報告する由緒祭、午後七時からは、太鼓・法螺貝の音と共に旧町内を練り歩く在廻りと続く。二日から四日の三日間は、午後七時頃から各祷屋前でのヤーヤ行事(練りと禊祓)が執り行われる。宵宮(よんみゃ)とも呼ばれ二十町の若者達(ヤーヤ衆と呼ばれる)が集団を組んで「チョウサ・チョウサ」の掛け声と共にぶつかり練り合う。この姿は、主祭神の武速須佐之男命の武神を称えるが如く勇壮豪快であり、この祭りの祭事の一番の見物となる。ちなみに祭り期間中、各神事・祭事前に必ずといっていい程、海中に飛び込み身体を清める禊祓を行うが、この事を垢離掻き(こりかき)と呼ぶ。各祷務町の役人等は毎夜、垢離掻きを執り行い諸事奉仕するのが古くからの習わしとなっている。最終日の五日は、午前九時三十分に神社で例大祭を執行した後、各祷務町はひとまず町へ戻り、槍・鉄砲隊に囲まれた大名行列を組み、又、祷務町以外の町からは手踊りで町中に繰り出して宮上がりを行う。この頃から神社が一段と賑わい、境内において宮上がりした順番に、祷務町は子役の子の薙刀振り、それ以外の町は手踊りなどをそれぞれ披露する。祷務町を含む二十町が全て宮上がりした後、夕方五時頃から神事・祭事の見届け役である宮座・親方衆と盃を酌み交わして見守る中、将党・役人等は再び垢離掻きを行い、穢れをおとした身体で大弓の儀を奉仕する。大弓の儀とは、各祷務町の弓射が十四メートル先の的に五穀豊穣・大漁満足を願い弓を放つ神事である。垢離掻き後、宮座・親方衆を始め役人他、関係者が所定の座に着き、的の前で宮司が祈祷するといよいよ儀式が始まる。紀州・小笠原流からの流れをくみ、一立ち二矢ずつで七立ち、合計で一人十四矢ずつ射る。又、弓結い神事の的は、通常円を重ねて作成するが、当神社の的は正方形の中心に一円玉の大きさの点を描く珍しいのが特徴である。この点を星と呼び神事で星を射貫いた梼務町は、祓いと祝いの両方の意味で町を挙げて伊勢神宮に参拝するのが風習が伝えられている。大弓の儀が終わった八時半過ぎからお獅子の出御が執り行われる。これは尾鷲神社の神宝である獅子頭へ大神等にお遷りお出まし戴き、町里の吉凶占いを行う神事である。宮司が獅子殿前で祝詞を奏上し、妻座(親方筋)と汐撫、氏子により祭座にいる親方衆の前に獅子頭(文化財指定を受けたので現在はレプリカ)を運ぶ。この時、祭りに集まっている氏子達より「オシシじゃ」「オシシじゃ」と賑々しく掛け声がかかる。宮司が大神等にお獅子へお遷り願う祝詞を奏上し、宮司以下神職二名で獅子頭をかぶると、一番親方の世古氏が「よござるか、よござるか」と伺い、同じく宮座の一番親方の庄司氏が呼吸をあわせ「御機嫌よろしゅう、よろしゅう」と口上を述べると、世古氏が叩く太鼓の調子にのってお獅子が立ち上がり、町里見に出御する。壱の鳥居あたりで大神等の御神威を仰ぎ元の祭座に戻り獅子頭を納める。尚、お獅子が出御中、世古氏は神事の無事を願いながら太鼓を叩き続けなければならない。以下、本殿に御戻り願う祝詞、「オシシじゃ」「オシシじゃ」の掛け声、獅子殿入納と出御の作法に基づき執り行い神事を納める。以上の如く、神事、祭事を滞り無く納めた後、最後に梼渡しが行われる。これは、今、無事に全てを納めた梼務町(以後旧梼)と来年のヤーヤー祭りを執行する梼受町(以後新梼)の間で親方衆立ち会いの中、御神酒を酌み交わす儀式である。宮座親方衆を上席とし新旧梼が向かい合い着座。まず、親方と旧梼、新梼の順で酌み交わし、続いて親方に同じ順番で浜焼したタカノハ(現在は鯛を使用)を一尾を渡す。次に、新梼と旧梼で御神酒の酌み交わしと浜焼した魚の交換しする。
又、御神酒の交換(酌み交わし)時、なますを肴として用意し各々にすすめる。
以上、庄司氏の拍手の締めで梼渡しが終了し、長い祭りの幕が閉じる。宮座制度が今でも残り、昔ながらの神事と氏子中心で賑やかす祭事が五日間にわたり執り行われるヤーヤ祭りは、全国でも珍しく「日本の奇祭・天下の奇祭」として名高き祭りで平成十四年に三重県の無形の民族文化財に指定されている。
祭典日 二月一~五日
| 神社 コード |
4223001 |
|---|---|
| 鎮座地 | 尾鷲市北浦町 12-5 |
| 電話番号 | 0597-22-1486 |
| 御祭神 | 武速須佐之男命、櫛御氣野命、大山祗神、猿田彦神、應神天皇、若狭姫尊、菅原道眞、火之迦具土神、大物主神、國之常立尊、宇迦之御魂神、彌都波能賣神、天之忍穂耳命、天之菩卑能命、天津日子根命、熊野久須比命、活津日子根命、多岐理毘賣命、市寸嶋比賣命、多岐都比賣命、級長戸邊命、事代主神 |
| 祭祀 | 例祭 2月5日 人形供養 3月8日 夏越の大祓 6月30日 |
| アクセス | 電 車:JR紀勢本線「尾鷲」駅下車徒歩10分 自動車:伊勢自動車道から紀勢自動車道へ。熊野尾鷲道路を経て、尾鷲インターで降りる。直進約5分。 |
| WEB サイト |
http://owasejinja.net |
