井後神社   – いじりじんじゃ –

由 緒

当社の創祀については詳らかにはし難い。元は柿村大字井戸尻の田間に鎮座し、貴船大明神とも称された。本社は『延喜式』神名帳式所載の伊勢国朝明郡二四座のうちの井後神社に比定されている。近世の請書には諸説があり、それぞれに難点をもち、何れとも断定しがたいが、明治8年(1875)当社が教部省より式社として達しをうけている。田間の地は、古くは今村と称し、その氏神であったが、その今村が約200年程前に柿村に合併し、柿村の産神として更に崇敬をあつくされた。社記によれば、柿村字元田1093番地の田間に境内地六畝二五歩を有したと伝えている。明治41年宇城之鎮座の無格社柿神社 同字無格社山神社を合祀した。しかしながら田開の地は、狭く低地で洪水等の恐れがあり、かつ人家より離れているため明治44年字埋綱鎮座の式内社移田神社を合祀するにあたり、現在地すなわち旧柿神往訪に移転し、延喜式内井後神社と単称するに至った。其の後、大正4年(1929)村社列格。また三重県より神饌幣帛料供進社の指定をうけた。昭和21年(1946)社格廃止。同年宗教法人として届け出、現在に至っている。
神社
コード
4203018
鎮座地 三重郡朝日町大字柿 2567
御祭神 《主》高龗神、《合》建速須佐之男命、大山祇神
祭祀 秋祭  10/17
多賀祭 4/22