陽夫多神社 – やぶたじんじゃ –


由 緒
当社は延長風土記に「押盾天皇戌午国造多賀連祭之也」とあり、和名抄、伊賀風土記によると伊賀河合郷の総社にして人皇第28代宣化天皇3年(538)に国中に疫病が流行したので屏息祈願のため伊賀国造多賀連が同年創建したとある。以来病気平癒の御霊験あらたかなるをもって藩主の崇敬厚く屡々寄進あり、又一般崇敬者の参拝多しと、社記にあり。清和実録に高松神、延長風土記に薮田大明神の社号で記載されている。又古くより「河合の天王さん」「河合の祇園さん」と呼ばれ、氏子崇敬者から親しまれている。特殊神事
裸々押しについて
2月18日
一、そもそも裸祭とは
祭の参加者が生まれた時と同じ裸になることによって、清らかで無垢な姿で神と向き合う神事である。
〇禊として厄祓いにより新たに清浄な姿に生まれ変わる神事
〇その年の五穀豊穣等を占う神事に区別される。
二、当社の裸々押しとは
当社の祈年祭(今年の五穀豊穣、諸産業繁栄等を祈願する大祭)は、2月18日午後2時から斎行するが、その夜に、本年の厄年、有志が裸になって豊作、家内安全、厄祓いなどを願って踊る神事。昭和の初めの文書では、その年の豊凶をト定したとの記録もある。
伊賀地区では珍しい真冬の裸祭である。
三、踊りの内容
ふんどし一丁の男達が、輪になって肩を組んで「ワッショイ、ワッショイ」と威勢のいい声を境内に響かせながら、片足跳びで右に左に約20分間踊る素朴、単純なものである。
四、踊りの起源
天正年間(1573年~1592年 概ね安土桃山時代)の頃から始まったとされている。
祇園祭の願之山踊について
8月1日
【願之山踊とは】
願之山踊は、毎年8月1日の祇園祭に行われる行事で、病気平癒、家内安全の願懸けを解く神事として、文禄年間(1592年~1595年)から現在の形になったと云われている。「願解(がんげ)ほどきの踊り」とも云われ、昔は掛けられた願いの数だけ繰り返し踊られていた。
踊りの種類は、大踊りと小踊りの2種類がある。
【大踊り】
大踊りは、願之山(山車)を囃す踊りで、竹と紙で作った「オチズイ」と呼ばれるのぼりを背負った踊り子(6人の青年)が、主催者の音頭に合わせて曳山に載せた大太鼓をたたきながら進む。
※平成23年奉仕者の年齢層 25歳~28歳 ※オチズイは、長さ3m近くある。
【小踊り】
小踊りは、持ち手と打ち手に分かれた4組8名の幼児が、親の介添えで小太鼓を打ちつつ横に行っては戻るだけの簡単な踊りである。
※平成23年奉仕者の年齢層 3歳~5歳
【願之山(山車)】
願之山は、杉の葉で葺き、大太鼓3丁を載せた四輪の台車に6本の社紋の付いた幟(旗)を立てた曳山で、大勢の引き手により境内を曳きまわされる。
| 神社 コード |
4209004 |
|---|---|
| 鎮座地 | 伊賀市馬場 951 |
| 電話番号 | 0595-43-0158 |
| 御祭神 | 《主》健速須佐之男命、《合》天之火明命、火之迦具土神、香香背男神、大物主神、大山祇神、大日孁貴命、宇迦之御魂命、伊邪那伎命、伊邪那美命、速玉之男命、事解之男命、天児屋根命、蛭子命、菊理比売命、《配》五男三女神 |
| 祭祀 | 例大祭 4月20日 祇園祭 8月1日 祈年祭 2月18日 |
