満留山神社 – まるやまじんじゃ –


丸山の68段の階段を上がったところに鎮座し、町の産土神として信仰厚く、1月7日には江戸時代より続く弓立て神事が行われ、多くの人が見守る中、選ばれし奉仕者により弓が引かれ的に当たった数でその年の豊漁、豊作を占います。
由 緒
当社は、町の北方丸山に鎮座し、祭神は八王子神及び合祀した八神の計16神である。『諸国誌草稿』には「八王子神、答志郡安楽島村字丸山にあり、境内面積千八百坪、祭神八王子にして創建年代詳らかならず、祭日は正月七日、末社七つあり」と出ている。志摩国のことを書いた『志陽略誌』にも「八王子社同安楽島にあり、牛頭天王、八幡祠、弁財天祠、恵比須宮等あり」と出ており、満留山神社の旧名は、八王子社であったと思われる。特殊神事
弓立神事
江戸時代から連綿と引き継がれてきている伝統神事である。満留山神社にて祭典後、弓立斎場に移り、神楽奉納に続き弓立神事を行う。裃をまとった奉仕者が15m離れた的に向かい、矢を引き、的に当たれば「あた~いり」、外れれば「すこ~いり」と声が掛けられ、3本宛4回12射を行う。弓の弦の音で悪疫を退散させ、矢の当り外れで新しい年の吉兆を占う故事に基く伝統行事である。弓立神事の奉仕者は、元来満留山神社の氏子である結婚した男子が対象者である。(妻が妊娠中や一年以内に不幸があった家庭ののものは対象外)毎年5人で奉仕していたが、近年の少子高齢化の中で、年々対象者が少なくなり、規定を緩和して、中断されることなくおこなわれている。満留山神社は、創立年代不詳。『志陽畧志』に「八皇子社安楽島村に在り、又牛頭天王、八幡宮、弁財天、熊野権現、恵比須ノ宮等在り」とある。『諸国誌草稿』に「村社八王子社、今満留山神社、答志郡安楽島村丸山に在り、境内面積千八坪、祭神八王子にして創建年月詳らかならず、祭日正月七日陰暦末社七あり」と見え、恵比須社の項には「本社は初め八王子社と称して男神の社二社殿、女神の社二社殿あり、内男女両神の社殿一社は往古より安楽島村の産土神にして他の男女両神各一社は安久志村の産土神なりと称す。蓋文明中安久志村廃するに及び住民安楽島に移り、随て其の産土神も移転せるなり、維新の頃迄は境内の東西に二社ずつありて、東を上ノ宮西を下ノ宮と称せり、下宮は初め境内の山麓に在りしが、嘉永7年の津波に流出の虞ありしを以て、後境内西方に移せり、明治五年両社を境内の中央に移し、地名の丸山を取りて満留山神社と改称し、更に同四十年十一月三日合祀の上、一社殿と為せり。」とある。明治6年村社に、明治40年11月村内小社を合祀して満留山神社となり現在に至っている。
祭典日1月3日
| 神社 コード |
4221014 |
|---|---|
| 鎮座地 | 鳥羽市安楽島町 810 |
| 御祭神 | 五男三女神(正哉吾勝勝速日天忍穂耳命など)、他八座合祀 |
| 祭祀 | 神事祭 1月3日 天王祭 7月13,14日に近い土曜・日曜(土曜は宵宮) |
| アクセス | 鳥羽駅より直結するバスターミナルから三重交通バス「安楽島行き」の「かもめバス」で約20分 |
