土宮神社   – つちのみやじんじゃ –

 小浜半島に人々がいつ頃から住み着いたか詳しくは知ることはできませんが、遺跡調査等から推測し、概略がつかめるようになりました。それによると、縄文中期の始め(約5.000年程前)であろうと考えられています。そして、大和から伊勢、伊勢から鳥羽・小浜港。小浜港から海路伊良湖、また尾張へと、これが昔の海路の東海主要道路であったと思われます。その海路を行き交う船舶等の泊まり場として、森下(旧鯛池ホテル下)が賑あったといわれています。そして、船旅にでる船頭の守り神として、海上安全と精神文化の支えとなってまいりました。主産業であった漁業の繁栄。海上安全、住民の無病息災と平和でゆたかな生活の営み等を祈願し、そのよりどころとして、伝統文化を継承し、よりよき生活習慣を構築し、小浜郷土の日常生活の支えとして、大きな力を与えてくれました。そのことが今日の発展への糧となってつなげられてきたものと確信いたします。

由 緒

 『倭姫命世紀』(神道五部書の一)に、倭姫命(第11代 垂仁天皇 第四皇女)が、天照大御神を伊勢の地に(垂仁天皇二十五年)奉斎の後、御船に乗って幸行し、現在の鳥羽の浦々を巡覧し、小浜の近くに停泊した折のことが記されています。
「倭姫命がここに御船を泊めると、鰭広鰭狭魚、貝つ物、奥つ藻、辺つ藻が寄り来て、海の潮は淡く和み、よって淡海浦となづけた。 伊波戸に居た嶋の名を、戸嶋となづけ、刺す処を柴前となづけた。その以西の海中に七つの嶋があり、以南は潮淡く甘く、その嶋を淡良伎の嶋となづけ、潮の淡く満ち溢れる浦の名を、伊気浦となづけた。その処に現はれ参上して、御饗を仕へ奉った神を淡海子神(粟皇子神、又、粟海子神)となづけて社を定め・・・」
 この淡海子(粟皇子神、又、粟海子神)を祭祀した(定めた)宮が土宮神社の始まりです。
淡海子神(粟皇子神、又、粟海子神)は飛鳥明神(淡良伎の嶋に在る神 現在は飛鳥と呼ばれています)と共に伊勢の神宮 内宮の贄海神事(現在は廃されています)を司る神でありました。この事は『神宮雑例集』、『内宮儀式帖』等に記されています。
神社
コード
4221004
鎮座地 鳥羽市小浜町 33
電話番号 0599-26-2276
御祭神 大土御祖神(おおつちのみやおやのかみ)、蛭子神、石凝姥命、大山祇命、素盞嗚尊、倉稲魂神、大物主神、崇徳天皇、譽田別命、綿津見神、多岐津比賣命、菅原道眞、國狭槌神
祭祀 例大祭 12月4日
天皇祭 7月第2日曜日
アクセス 近鉄鳥羽駅一番出口下又は鳥羽バスセンターより、かもめバス小浜方面行 終点「小浜漁協前」9分下車後徒歩5分
国道42号線 近鉄JR鉄道架道橋東詰め左折約4分