八幡神社(答志町) – はちまんじんじゃ –

当社の神祭は、答志町最大の祭りで、弓引き神事がある。前後三日間地芝居があり、地元の各種団体が劇や踊りを披露している。江戸時代の文化年間の歌舞伎の脚本が残っていることから、歌舞伎が昔から演じられていたことがわかる。当日は「お的の衆」が舞台前の坂を駆け上がり、「七人使い」の「ねぎどん」が弓を曳いた後、人々がお的の墨を奪い合う。その墨で家の戸口や船に丸八の神紋を描いて、大漁や海上安全を祈願するとかなえられるとの信仰がある。
由 緒
創立年代未詳。『志陽畧誌』に「八幡宮」と見え、『志摩国誌草稿』に「誉田別命」とあり、明細帳には「由緒不詳」とある。不詳二座は、『三国地誌』に「小築海明神祠」とあり、『志陽畧誌』に「小築海明神社、同処、小築海に在り、何れの神を祭るか知らず。又白髭明神社、また石権現社、有るも廃亡するや」とあることから、大築海島に鎮座の大築海神と、小築海島に鎮座の小築海神であろうとする。明治42年に、この二社と不詳二座も合祀して、八幡神社と単称する。一番古い棟札は寛文11年(1671)良弁和尚の名である。明治42年の合祀の時、八幡岬の上に社殿を築き、それ以来五回の遷宮を実施している。特殊神事
御的(おまと)神事
江戸時代から続いている大祭で、舞台屋根裏から「弘化二年(一八四五)正月八幡神社祭禮」の書付のある歌舞伎台本が見つかっている。 旧暦の1月17日より3日間舞台を開けて演劇を上演し、中日の18日にメインの弓曳き神事が行われる。神職の他に、「禰宜ドン」と呼ばれる祭事を掌る祷人を漁協の幹部から前年12月に選出する。その祷人を支える七人使い(弓矢・神酒・大鏡餅などを運ぶ係)を青年団より選出する。また、お的衆七名(御的を作成し、舞台まで運ぶ的番)を漁協青壮年部より選出する(明治までは橋本家が専任されていた)。祷人・七人使い・お的衆は、忌中のものは選ばれず、祭日3日前より毎朝海水に身を濯ぎ斎戒沐浴し、日拝(日の出を拝する)をしたあと、神社に参拝する。これらの人たちの宿泊する3軒の家(宿)は、3日前から大掃除をし、斎火で煮炊きした料理を食し、女人は一切同棲は許さず、出入りも禁ずる。門口にしめ縄を張り、汚穢不浄を避ける。七人使いは祷人の指示に従い、宿で祭日に全戸に配布する神酒の仕込みなど所用を便ずる。お的衆は祷人の指示を受け、的に要する諸物品を準備する。特に枌(そぎ)一束は、不浄を除くために祭日3日前より海中に錨と浮をつけて海岸から50mぐらい離れたところに沈めておく。大祭当日は、神職・総代により午前10時より八幡神社で漁業組合の理事・運営委員や来賓など約40名が羽織袴か礼服で参列して祭典を斎行する。午後12時頃の干潮から上げ潮に合わせて祷人・七人使い・お的衆は宿を出発し、祷人と七人使いは、麻裃の正装で、潮振りを先立て、「ウォーヨイヨイ」と高声に呼ばわりつつ、弓矢・神酒・大鏡餅を捧持して神社に参向する。神社に到着したら、神職から修祓を受けた後、神前に捧持してきた弓矢・神酒・大鏡餅を献供し、宮司の祝詞奏上を終え、祷人が代表して玉串奉奠をする。この間、お的衆は、浴衣と褌で藁の「スカイ」帯を締めて、準備した的の材料の生木の棒・仙過紙・太平墨・海蘿を捧持して、御的を組み立てる東の浜に向かう。浜に着くや素裸で海水で禊をしたあと、お的を組み立てる。祷人・七人使いの後に合流して、祭場である舞台に向かう。一足先に祷人と七人使いは歌舞伎(仮名手本忠臣蔵)の演じられている舞台に駆け上がり、祷人は弓矢を射る構えをする。その準備が整った頃お的衆は、舞台前の坂道を駆け上がる。それを群集する拝観者たちが上から飛び降りてお的の墨を奪い合う。祷人は、お的が坂道を駆け上がった合図と同時に弓を射る(昔は実際に矢を放ったが、事故があったため現在は射る真似をする)。 奪い合った墨で各自所有の漁船や各戸入口の雨戸に丸八を描き、家内安全・豊漁を祷るとともに海難悪疫除けとして信仰されている。その後舞台では、獅子舞が舞わされる。創立年代は未詳。主祭神は、八幡神(誉田別尊) 。江戸時代寛文12年(1671) 年の棟札が一番古く、文化七年・嘉永5年の棟札が残っている。『志陽畧志』に「八幡宮」と見え、『志摩国誌草稿』に「誉田別尊」とある。明治四十一年、無各社大築海社・同四二年小築海社・愛崎社・伯母子社を合祀して八幡神社となる。
祭典日 旧暦の1月18日現在はその前後の休日、2月11日
| 神社 コード |
4221007 |
|---|---|
| 鎮座地 | 鳥羽市答志町216 |
| 御祭神 | 八幡神(誉田別命)、大築海神(猿田彦大神か)、小築海神(白髭大明神か)、不詳二座 |
| 祭祀 | 神祭 旧1月18日に近い日曜日 小築海祭 7月11日(天候の都合で変更) |
| アクセス | 鳥羽市営定期船答志航路で鳥羽佐田浜港の市営定期船乗り場より20分、答志港下船徒歩5分。 |
