八幡神社(桃取町) – はちまんじんじゃ –

特色ある祭事として湯立神事(さばかっされ)が、5月第2土曜日にある。この祭りは、昔から八幡神社に伝わる神事である。熱湯を神前に供え、笹葉を束ねて、お湯でさやさやと煽る。この湯玉が身体にかかれば、年内悪疫を免れ、夏病にかからないとの往古からの慣わしである。
由 緒
創立年代不詳。天和元年(1681)の絵地図によると、現八幡神社本殿の位置に長福寺(祈祷寺)があり、応神天皇をお祀していた。『志陽畧志』に「八皇子社桃取村に在り、又弁財天、鎮守の神社在り」とあるが、これは宝暦年間(1751~1761)の水害で流失したという。享保8年(1723)指出帳には「宮山三ヶ所、八王子山、天神山、弁財天山」の記事が見える。明治6年3月村社、同39年3月神饌幣帛料供進指定社、同40年12月、村内小社を合祀して八幡神社となる。
特殊神事
弓引き神事
桃取では毎年2月11日、大漁・海上安全を祈願する八幡神社の一番大きな祭りとして弓引き神事が行われている。この祭りは儀式に古典的なところが濃厚で、祭りに参加する者は裃(かみしも)を着用し、扇子と印籠も欠かせない持ち物である。言葉づかいや所作も非日常的で規範が厳しい。昔から八幡神社の氏子を2組に分けて、客側(よばればん) と接待側(びっちくた) が隔年交替して執り行われる。両組とも、後見役、大監座、副監座、膳方、酒奉行などの役員が一週間前に決まる。主役は、客側から弓引きをする若者3名と、接待側から的取り1名、使い番六名が選ばれる。弓引き会場は、前日から接待側の者が神社下のふれあい広場に大漁旗を飾り付け、藁むしろで囲んだ座敷を準備する。また、的取りを先頭に使い番を入れた七人の者が、裃姿で各戸へ「ものもう」「どうれ」「明日(みょうにち)は御嘉例のとおり弓場において御神酒(おみき)を進ぜとう御座りまするに、おいでなされて下さりませ。」という口上を述べて廻る。当日早朝には、再び的取りが「弓場はもうでござる。」「御時分はよう御座りまするで、お出でなされて下さりませ。」続いて6人の使い番が声を揃えて「皆待っておりまするで、お出でなされて下さりませ。」と町内をふれて廻る。このようにして招待客が出揃い太陽が昇り始めた頃弓引きをする三人の若者が裃姿で登場する。3名の弓引きは、作法に基づき観衆の掛け声によって左片肌を脱いで神社の高台に取り付けられた的をめがけて順番に2本ずつ矢を射る。1回目が終わると的取りは次の矢を丁寧に引き手に渡し、3回、3名で計18本の矢を射る。弓引きが終わると、的取りは裃を脱ぎ赤襦袢姿になって的を取り外し、頭上に掲げて町中を走り廻る。町民はそれを追っかけて、的の材料となったソー木や縄の緒などを奪い合って家に持ち帰り、「魔除け」として家の玄関や窓先に縛り付けて置く。一方、座敷では招待組の酒宴である「直会」が、ボラなど地元産の肴を多く用いて行われる。最後は、全員で「高砂」を謡い納めてお開きになる。
祭典日 2月11日
| 神社 コード |
4221008 |
|---|---|
| 鎮座地 | 鳥羽市桃取町 273-3 |
| 電話番号 | 0599-37-3278 |
| 御祭神 | 誉田天皇、神功皇后、比咩神、大山祇神、須佐之男命、稲田姫、八王子、白山比咩神、菅亟相、少童命 不詳二座 |
| 祭祀 | 御神祭 2月11日 湯立神事 5月第2土曜日 |
| アクセス | 鳥羽市の市営定期船で鳥羽港(佐田浜港)より「桃取行き」に乗り、所要時間約12分で桃取港到着。到着後徒歩約5分ぐらい。 |
