八幡神社(守田町) – はちまんじんじゃ –



由 緒
当社の創祀については詳らかにし難い。社伝及び『三国地誌』のひく「延長風土記」によれば、武烈天皇の御世伊賀国阿蘇山麓に松杉繁茂の地、神祠ありて神号を岡八幡と称す、国造中田麻呂がこれを勅により勧請して祀ったと伝える。鎮座地は現社地より北西700メートル余の青木山山麓にあったとされるが信長伊賀攻めの天正伊賀の乱(1591)で戦火に遭い、社殿悉々灰燼に帰す。寛文9年(1869)の棟札によれば、九品寺の社僧智雄が領主藤堂高次に進言の結果現社地に遷座し、社殿の造営がなされたと記載されている。又、『伊水温故』によれば「長岡八幡宮 浅宇田村 阿蘇三座 牛頭天王 八幡宮 天満天神 岡八幡 長岡は宮地の字也」とある。江戸時代を通じ、当社の他、敢国神社・菅原神社・愛宕神社・須智荒木神社をあわせて伊賀五大社と称し、領主入国の折りに必ず参拝するのが例であった。明治40年(1907)には、大字浅宇田鎮座無格社春日神社を当社境内社 多賀神社 金比羅社 桜木神社を、明治41年には大字四十九村鎮座日吉神社及び同境内社 津島神社 神明神社 松王神社、同村鎮座無格社山神社 明神社 同高松神社及び境内社金比羅社をそれぞれ合祀した。
| 神社 コード |
4218005 |
|---|---|
| 鎮座地 | 伊賀市守田町 1190-1・1190-2 |
| 御祭神 | 《主》応神天皇、牛頭天王、天満大神、《合》天児屋根之命、大山咋命、建速須佐之男命、大日孁貴命、大物主之命、大山祇命、高皇産霊神、火産霊神、宇迦能御魂神、《配》伊邪那岐神、大物主之命、木之花咲屋姫命 |
| 祭祀 | 例大祭 4月15日 祈年祭 祇園祭 秋宵宮祭 新穀感謝祭 |
| アクセス | 上野インター前バス停より徒歩4分 |
