黒瀧神社(治田) – くろたきじんじゃ –


由 緒
当社の創祀については、詳らかでないが、社伝及び『黒瀧神社略縁起』(神主 豊氏善治勝教 弘化元年九月写)等によれば、寛弘7年(1010)余野池辺社より現鎮座地へ勧請されたと伝えられている。黒瀧の社名の由来は、社殿背後の鬱蒼たる宮山に、瀧があったことによるとも又、瀧の神霊(竜神)があらわれた事に因るとも言われている。江戸時代には近在の産土神として人々の崇敬を集めていた神社である。明治12年(1879)末社として蛭子社 小社として春日社 八柱社 八幡社 愛宕社を境内に奉遷した。しかしながら同41年(1908)神社合祀令により、白樫の岡八幡神社に合祀された。其の後、地区民の熱意により昭和21年 (1946)分祀が行なわれ元黒瀧神社の旧社地に遷座奉祀され、現在に至っている。特記事項 分祀遷宮の経緯氏神の分祀遷宮の声が氏子の間に日増しに高くなり、昭和10年神社旧祉の荒廃地を整備し、遥拝所を設置した。昭和12支那事変の勃発するや、応召者多くなり、武運長久祈願の氏神遥拝所への参詣も頓に増加するに至り参籠所を新築、続いて支離滅裂となっていた灯篭等も集めて、整備への努力が続けられた。終戦後の昭和21年に至り、神殿を造営し永年の悲願であった還御が実現し、その後徐々に宮構えも造営しつつ今日に至っている。特殊神事
【獅子舞神事】 10月18日
黒瀧神社獅子神楽保存会により、毎年10月18日の例祭日に奏行を中心とし、当日は早旦出御のお祓いの後、先ずは、各総代宅・区長宅の門で舞い、午後の祭典に引き続き広前で奉納するのが永年の例となっている。
保存会の年齢層は幅広く、交代要員を含め10数名で構成されており、毎年例祭日の2ヶ月程前から練習に入り、本番に備えている。獅子頭は2頭により、当社での演目は数種類ある中、鼻高の役には古より男子小学生が奉仕しており、特にその可愛い仕草に人気を博している。
| 神社 コード |
4218027 |
|---|---|
| 鎮座地 | 伊賀市治田 4309 |
| 御祭神 | 《主》天児屋根命、《配》火之加具土神、五男三女神、誉田別尊 |
| 祭祀 | 例祭 10月18日 祈年祭 2月18日 新嘗祭 11月18日 歳旦祭 1月1日 還御記念祭 3月13日 |
| アクセス | 交通 伊賀鉄道「上野市」駅下車、駅前より三交バス国道山添行きにて「治田東ロ」下車、徒歩五分。又は、名阪国道冶田インターより約一キロメートル |
