田守神社   – たもりじんじゃ –

由 緒

 当社の創始については、詳らかにし難い。社伝によれば、当地の産土神を合祀奉斎し、後長元年中に大字鍛冶屋字吉田井上より現在の鎮座地蔵縄手の長平寺浦山に遷座したと伝えている。平安時代には『延喜式』に伊賀郡の小社として田守神社の名が見られる以外、史料に登場するものはない。近世には古山七郷の惣社として人々の崇敬をあつめ、雷王、牛頭天王、八幡、熊野権現、恵比寿之宮筒井権現等の摂社を持ち、十一面観音堂をもあわせ持っていた。宮坊は梅母山吉田寺である。江戸時代末に至る迄吉田神社と称されていた。明治に至り、現鎮座地には吉田神社 同境内社田守神社 同筒井神社 同八幡神社 同白山神社 同蛭子神社 同津島神社が鎮座していた。明治41年(1908)村内菖蒲池の村社住吉神社他無格社47社、その境内社10社と共に村社吉田神社の境内社を同境内社田守神社へ合祀の上、田守神社と改称した。昭和21年(1946)社格廃止。同年宗教法人として届け出、現在に至っている。

特記事項
 例祭には輪番制による各字別年長者が奉仕する神輿を基軸に、神馬、金幣金鉾、祭礼頭屋、大人講、合祀記念等の大小御幣、獅子舞、小学一年生のホーロ(花傘)等々が供奉する渡御神事があり、近郊近在鄙にして稀にみる神社の古事と伝承を継承した祭礼である。その特異な行事として「貴箸」があり、これは当日の祭礼神事が恙なく奉仕できたことを神前に奉告寿ぎ、かつ爾後の平安と更なる発展を祈る神事である。これら一連の祭礼行事は、氏子とか家からなる田楽講、馬苦労講、慶成講、羯鼓講、温然講等があり祭礼当日にはそれぞれ12講の座が設けられ、かつ、祭礼神事に奉仕する。

神社
コード
4218028
鎮座地 伊賀市蔵縄手 353
御祭神 《主》彦屋主田心命、別雷神、木花咲耶媛命、表筒男命、中筒男命、誉田別命、建速須佐之男命、事代主神、大日孁貴神、速玉之男命《合》底筒男命、建御名方神、大山祇命、大物主命、白山比咩神、宇迦能御魂神、火之迦具土神、大綿津見神、五男三女神、六所大神、市杵島姫命、
祭祀 例祭 10月29日
アクセス 蔵縄手バス停から徒歩5分