猪田神社(猪田)   – いだじんじゃ –

由 緒

 当社の創祀については詳らかにし難い。社伝によれば、平安時代には『和名抄』の伊賀郡猪田郷の名を承けた郷の総鎮守として猪田村の宮と呼ばれていた、と伝えている。現存する天正18年(1590)の棟札には、「住吉大明神」と記載されており、中世以降明治に至る間は、住吉神社と呼称されていた。当社を、延喜式内社猪田神社にあてることは、現在に至るまで議論が続けられており、状況証拠のみで決定的な根拠はない。下郡の猪田神社とする決定もし難い。しかしながら、互いの鎮座する位置は、社地後方の丘陵を間にはさみ、背面しあっている点や昭和53年頃に本殿背後の猪田神社古墳頂部付近から「伊賀津彦大明神廟前」「天文三年甲午八月一五日施主橘安重」と刻した四角型石灯龍が発見され、他の遺物に室町期の小型唐草文瓦が存し、また後世のものではあるが、当社境内鳥瞰絵図の写しには、古墳頂部に、本殿とは別の小祠が描かれている等、古くから有力な社として鎮座していたことは確実である。

 明治41年(1908)、山出村社熊野神社、笠部村社春日神社ほか猪田村猪田・山出・笠部の無格社21社、境内社9社を合祀し、住吉神社の呼称を猪田神社と改めた。加えて、大字上ノ庄の村社菅原神社と、その境内社5社、無格社3社も合祀した。特記事項 当社の周辺及び背後丘陵には、5基の横穴式石室をもつ古墳があり、猪田・山出・上之庄にひろがる長野古墳群が確認される。特に、社殿背後の猪田神社古墳は、石の玉垣をめぐらした径24メートル、高 4メートルの円墳で、西に開口する横穴式石室をもち、6世紀前半頃のものと推定されている。また社殿南西約100メートル ほどの丘の上には榊の古木が一叢をなしており、山宮の跡と伝承され、社殿南側には「日月石」と呼ばれる円形と三角形の花崗岩岩の磐座があり、磐座祭祀の跡といわれている等、古社としての要因が数多く存在している。

神社
コード
4218013
鎮座地 伊賀市猪田 5139
電話番号 0595-21-4850
御祭神 《主》武伊賀津別命、少名比古那命、上筒男命、中筒男命、底筒男命、《配》健速須佐之男命、速玉男命、事解男命、大山咋命《合》天児屋根命、金山毘古命、大物主命、大山祇命、猿田彦命、応神天皇、菅原道真
祭祀 例祭  10月22日
春祭  4月22日
祇園祭 7月14日
ちの輪くぐり神事 6月30日
アクセス 伊賀鉄道 依那古駅から徒歩15分