一御田神社 – いちみたじんじゃ –

由 緒
一御田神社 天満宮 花山稲荷神社 一身田区戦没者町功労者慰霊社(一身田町戦没者町政功労者121柱の神霊を祀る) 御田植祭は当社が神宮御共米供進なる由緒に因み、往古より行われている祭祀で、現在は拝殿前に砂で田の形を造り当該年度当番町の奉仕により各総代数名御田植え神歌を神職の奉唱に復唱して稚子(女)6名の奉仕により松葉数本を一歩づつ後退して植える。神社の創立年月日は不詳であるが、棟札に嘉吉元年(1441)のものがあるので、これ以前と思われる。寛文8年(1668)に往古は天ツ宮と称してきた社号を高野山沙門春深により梵天宮と改称されたが、明治に至り往古の地名により一御田神社と改称した。昭和34年 宝物 (能面、棟札、扁額、ささら、板書御田植歌)27点が一御田神社神宝類として津市指定文化財に指定されている。特殊神事
御田植祭
境内地に一御田神社、天満宮、花山稲荷神社、慰霊殿が鎮まる。また、往古より続く御田植祭は、毎年5月に催行される特殊神事で、板書に記された御田植歌の歌詞からも伊勢の神宮への御供米調進を行っていた関係を伺い知ることが出来る。現在は拝殿前に砂利で田の形を造り神職が歌を奉唱する間、稚子(女児)が松葉を苗に見立てて植栽して地域の豊作と平和を祈願する。神社の正確な創立年月日は不詳であるが、社殿創建前は本殿西隣の欅の古木が御神木であり信仰の対象であったと考えられている。寛文8年(1668)に天ツ宮と称してきた社名を高野山沙門の春深により梵天宮と改称された。その後、周辺に専修寺文教施設が設置された事から菅原道真公(天神)を祀る天満宮が勧請される。官公が雷を境内井戸に封じ込めて以来当該地区には落雷が無くなったとの伝承が残っている。現社名である一御田神社は、明治期に往古の地名に因み改称された。昭和34年には所蔵品27点(能面、棟札、扁額、板書御田植歌等)が津市より歴史資料文化財に指定されている。
| 神社 コード |
4214024 |
|---|---|
| 鎮座地 | 三重県津市一身田町 679 |
| 御祭神 | 《主》高皇産霊神、神皇産霊神《合》菅原道真公、大山祇神、大山津見神《配》大日霊貴神、猿田毘古大神、波迩夜須毘売神、金山毘古神、深淵之水夜礼花神、天宇受売命、火産霊神、豊宇気比売命、宇迦之御魂神 |
| 祭祀 | 歳旦祭 天満宮祭 節分祭 初午祭 御田植祭 慰霊祭 例祭 七五三祭 大祓祭 |
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