北畠神社(美杉町) – きたばたけじんじゃ –

由 緒
後醍醐天皇の信任厚く、南朝の元勲と称えられる北畠親房(ちかふさ)公を父とし、陸奥守鎮守府将軍・北畠顕家(あきいえ)公を兄として育った顕能(あきよし)公は、南北朝戦乱の中、伊勢国司に任ぜられ、田丸城を拠点にして伊勢国内の勤皇武将と共に足利軍討伐の戦いを起こし、東奔西走する父に代わってこの国を鎮護する重責を担われた。やがて平地での戦いを不利として、興国四年(1343)、一志郡多気(現・津市美杉町上多気)に本拠を移し、霧山城を築いた。ここは七つの峠に囲まれた要害の地である。以後宿敵、伊勢守護職・高師秋(こうのもろあき)との対決は永く続いたが、遂に正平5年(1350)、一万余騎を従えた師秋を打ち破り、更には正平7年2月の京都奪回の快挙は特筆すべきことである。
以後、顕泰(あきやす)・満雅(みつまさ)・教具(のりとも)・政郷(まささと)・材親(きちか)・晴具(はるとも)・具教(とものり)・具房(ともふさ)と継いで戦国時代に至り、織田信長の謀略によって240年にわたる伊勢北畠氏の幕を閉じた。
江戸時代の寛永20年(1643)、一族の末裔とされる鈴木孫兵衛家次(いえつぎ)が館跡の地に祖霊を慰めるべく小祠を設けて、北畠八幡宮と称した。これを神社の創祀とする。
境内に現存する庭園(国名勝・史跡)と裏山の霧山城址(国史跡)に加え、平成18年、境内全域が国史跡「北畠氏城館跡遺跡」として追加指定された。
| 神社 コード |
4205040 |
|---|---|
| 鎮座地 | 津市美杉町上多気 1148 |
| 電話番号 | 059-275-0615 |
| 御祭神 | 《主》北畠顕能《配》北畠親房、北畠顕家 |
| 祭祀 | 春季大祭(伊勢国司講々社大祭)5月5日 例大祭 10月13日 |
