若宮八幡神社(川上) – わかみやはちまんじんじゃ –

由 緒
当社創立の年代は詳かではないが社伝によれば当地は大和宮廷から伊勢の神宮へ勅使往来の通路であったが、更に家城から奥の地は岩野郷と称して磐之媛皇后の御領地で仁徳天皇はこの郷の開拓に努められた。そのため、履仲天皇の御宇(西暦五世紀初)郷民が仁徳天皇と磐之媛皇后の御遺徳と慕い、伊勢平野を見下す修験業山の麓、雲出の川上水源の清地を選んで祠を設けこの二柱の御霊を祀ったのが当若宮八幡宮である。それより以前、太古より修験業山の自然の磐座である高宮(こうのみや)に鎮座の天津神 国津神 八百萬神を尊崇してきた。これが当社創立の淵源である。北畠氏は当社の加護を頼って隣地多気に居城を構え、奥城霧山城の鎮護神として春秋の大祭には国司自ら参詣したという。国司代々の祈願所となり新しいまつりごとはまず川上八幡の神意を得てからというのが常であった。その尊崇の篤さは神領を献じ、鳥谷尾家老を奉行として常置し、神主岡野家に太夫郷を授けるなどして当社の尊厳保持に努めたことからの伺える。江戸期に入って藤堂家も北畠氏にならい尊崇を極めた。その伝統をうけ庶民信仰の社として今も広く多くの信仰を集めている。| 神社 コード |
4205043 |
|---|---|
| 鎮座地 | 津市美杉町川上 3498 |
| 御祭神 | 《主》大鷦鷯尊、葛城磐之媛、素盞嗚尊、神功皇后、誉田別尊、隼別皇子、雌鳥皇女、髪長比売、葛城襲津彦命、武内宿禰命、許勢小柄宿禰命《合》素盞嗚尊、神功皇后、誉田別尊 |
