小許曽神社   – おごそじんじゃ –

由 緒

延喜式内社。創立年代不詳。『勢和陽俚諺』は「五社神明、西宮三座、東宮二座、小古曽村ニ有、神戸より其行程二里、東海道駅路也、神名帳小許曽神社是也、西ノ方小許曽神社也」とし、五社神明と総称されていたが、西宮三座と東宮二座の2ケ所に分かれて、西方を小許曽神社と称してきたと記す。明治期の神社明細帳では小許曽神社の氏子数は89戸、神明社が54戸となっている。古老の伝によれば、この二社毎に当屋制の祭祀組織により祭礼が行なわれてきた。明治40年、小許曽神社境内社米田神社ほか15社を合祀。

特殊神事

①粥試しの神事 ②ぶさん(不参)③当渡し神事

①成人の日の前日夕刻より(以前は2月14日)
②、③は関連の行事
 ①当日夕刻より宮当番15人と氏子総代が籠り堂に集まり、常設の炬に松の根っ子を燃やし、細い女竹(長さ3寸5分、太さ2分5厘、藁のニゴ3本通る太さ)を5本用意して、藁で順次結わえ、上より早植え、早稲・・・・と区別しておく。それを籠り堂の大鑽で6時より(以前は午後10時)小豆粥の中に入れて約1時間炊く。その後それを取り出し神前に供え、神職、神社総代が立会いのうえ竹を割ってその中に入っている米粒・小豆でその年の作物のできばえを占う。

一、早植え ○粒  一、中粒 ○粒 一、小豆 ○粒  一、早稲 ○粒
一、晩稲 ○粒  というように、その結果を拝殿に掲示する。

 ②ぶさんの神事は、粥試しが終わった次の日、早朝より神社に宮司・宮当番・氏子総代が集まり、正月を祝う行事である。以前は氏子総代が参加する最大の行事であった。場所は氏子の「地禰宜」 (じねぎ・・当番代表)の家で行われた。献立材料も決まっていた。いまもこの献立は同じである。

 ③当渡し神事(撓渡し)ぶさんの行事が終わると、宮当番は拝殿に集合して最後の奉仕である。新しくその年の神事に奉仕する新旧交代式が行われる。「当渡し」に用いるのは、2個の祠(大根で作る)これを社殿と名付け、2社作るのは「束の宮」 「西の宮」と2社 あったからである。 拝殿の上座に自治会長と総代1名、左に新当番衆が座る。旧当番から若手の代表が2名出て、右手にお神酒、左手に折敷(お膳の上に社殿型と土器)を持ち、まず上座へ行きお神酒を注ぐ。次に新当番が2名芋座に順次出てくるので、そこへお神酒を注ぐ。こうして新当番衆の全部が盃を受けるまで、繰り返すのである。

神社
コード
4215020
鎮座地 四日市市小古曽2-28-2
御祭神 《主》大日霊貴尊,天宇受売命,布刀玉命,豊宇気毘売神,大雀命,水分神,大山祇命,建速須佐男命,大綿津見命,《合》天児屋根命,五男三女神,菅原道真,品陀和気命,
祭祀 秋祭  10月第1日曜日
新嘗祭 11月23日
祈年祭月 3月第1日曜日