河原田神社   – かわらだじんじゃ –

由 緒

当地は、三重境川の南にあり田畝の地なる故の名と『五鈴遺響』はする。古く『神鳳鈔』の「内宮今河御厨」に比定される。明治四一年一〇月、河原田村大字内堀中屋敷村社八幡社と大字貝塚字一ノ縄村社須賀社とを同村大字河原田字三神山無格社三神社へ合祀の上其社名を村社河原田と改称の許可を受け、同四二年六月合祀。

特殊神事

天王祭  七月中旬(十四日頃)

 この天王祭はもともと牛頭天王(須佐男命)を供養し、疫病の災厄を払ってもらうための祭事で、円融天皇の天禄三年(九七二)六月十四日、疫病の災いを払う御霊会を催されたのが始まりで、以来毎年六月十四日(旧暦では七月十四日)に各地で天王祭の祭事が行われるようになった。

 当時、天然痘は命取りの悪疫として最も恐れられ、流行時には牛頭天王に悪疫退散の祈願をするため、俵に紅布をつけて供えたり、子どもたちが紅提灯をつけて参詣し、社殿に供えて帰ったといわれている。

 いま、山車に紅提灯を飾るのも、こうした故事に習ってのことかも知れない。

 当河原田地区でも、神社の合祀(明治から大正初年)が行われるまでは、各字に牛頭天王(須佐男命)を祀った須賀神社や、素盞神社があり、それぞれ村人総出で災厄払いの祈願や祭事が行われていたようである。今、この天王祭は、南北河原田の子ども会行事として受け継がれ、紅提灯や紅白の垂れ幕で飾られた二台の山車が町を練り、子どもたちが力いっぱい打ち鳴らすと鉦と太鼓の音が河原田の町々に響いて、夏の風物詩として毎年盛大に繰り広げられている。

神社
コード
4215062
鎮座地 四日市市河原田町3048
御祭神 《主》天照大神、大国主神 弥津波能売神、猿田毘古神、大山祗神、宇迦之御魂神、連速須佐之男命、五男三女命、品陀和気命、上筒之男命、中筒之男命、底筒之男命、仁徳天皇、花開邪姫命、市杵島比売命、不詳八座
祭祀 秋祭り 10月第2日曜日