足見田神社   – あしみだじんじゃ –

由 緒

延喜式内社。当社旧記によれば垂仁天皇二六年鎮座と伝える。又、大正期の神社明細帳には雄略天皇二一年の鎮座とも記す。これら創祀の年代は伊勢神宮の鎮座と同年とすることは、『神鳳鈔』に「足見田社 神田三反」とする、神宮との深い関わりによるものと考えられる。社名は『倭名鈔』にいう「葦田安之美多」郷に由来する名称である。この郷名「葦田」は本来当社域東の「オシミ田」の転訛によるという伝もあるが、『勢陽五鈴遺響』は 本邑水沢ノ名二拠テ考ルニ、三重鈴鹿ノ郡界二居テ水沢川或高岡川ノ水源或菰野川各区流ノ中間ニアリテ渓河渠多ク真二地名二応セリ」としている。又、古く「俗八郷明神又夜後明神」と称されたのは、「葦見田八郷大明神ノ意義ナリ」(「三重県神社誌」三重郡の部稿本)と伝えられている。

特殊神事

水まつり(お諏訪おどり)  七月三十一日

 水沢というところは、今でこそ「水」が「沢山」ある町と名付けられているが、その昔、このあたりは本当にみずが乏しく、田畑を水で潤すのが大変なところであった。そこで、江戸時代に入り、水沢村の名主の辻 九善という人が、内部川の上流から「瀬戸用水」という水路を作り、水沢の田畑に水を引こうと思いつき、工事にかかった。ところが、隣の大久保村が、「水沢に水をとられてたまるか」とばかりに邪魔をして、工事を止めるよう江戸幕府に訴えたため、工事は一時中断した。しかし、この辻 九善は私財を投じ、江戸に一人で赴いて、数年にわたる粘り強い交渉の上、用水工事をなんとしてもやり遂げるのだという彼の情熱が、幕府の役人を動かして、ついに瀬戸用水は完成した。

 九善がなくなってからも村人はこの功績をたたえ、当時足見田神社の南にお祀りされていた諏訪社と言う小さな神社で、礼踊りを奉納したのがきっかけで、お諏訪おどりが始まった。

 この諏訪社が足見田神社に合祀されて、「水まつり」の時に昔ながらの浴衣に花笠を被っておどるお諏訪おどりの伝統が受け継がれている。

神社
コード
4215065
鎮座地 四日市市水沢町708
電話番号 059-329-2170
御祭神 《主》志那都比古命、志那都比売命、瀬織津比咩命、《合》宇加之御魂神大穴牟遅命、神日本磐余毘古命、品陀和気命、大日霊命、天児屋根命、大山祇命、天穂日命、武御名方命、須佐之男命、加具土命、素盞烏命、天目一箇命、天白羽命、五男三女神、別雷命
祭祀 元旦祭   1月1日
祈年祭   2月第1日曜日
慰霊大祭  4月12日
新茶まつり 4月29日
水まつり  7月31日
秋まつり  10月第一日曜日
七五三祭  11月15日
新嘗祭   12月7日