若宮八幡社(寺方町)   – わかみやはちまんしゃ –

由 緒

境内地は明治四年、大字寺方字弁天二五四番地の七畝二二歩とされ、同字弁天二五五番地の旧境内地一反九畝二一歩は上地された。その後明治三六年、国有林野法の公布に伴い、出願により後者二五五番地は境内地に編入され、旧状に復した。明治四〇年七月四日、神前村大字寺方字北浦、無格社山神社(大山祗命)を同大字弁天村社若宮八幡社に合祀の上、社名を若宮八幡社と単称の許可を受け、同月二八日合祀した。

特殊神事

獅子舞

寺方町獅子舞の起源
 明治の初期に当時の寺方で干害のため田が干しあがり。稲が取れなくなり、旱 魃に悩まされた村人が椿神社より獅子舞をよび雨乞いを行いました。その後4 年に一度(うるう年)椿神社より獅子舞がくるようになったと伝えられていま す。

 寺方においては、昭和天皇御大典を記念して椿神社にて引継ぎ、終戦後(昭和 22年)その当時の青年団によって復活され現在は寺方町獅子舞保存会により毎 年10月上旬に若宮神社大祭に獅子舞が行われています。

 百年以上の古い歴史を持つ寺方町―区の獅子舞は、日本最古の獅子舞の元祖 といわれる椿大神社の流れを受けるものだと伝えられており、非常に格式高く、 古い伝統を持つものである。

保存会の経緯               起源:100有余年前(年号不詳)
昭和2年  昭和天皇御大典記念に再開
昭和12年~昭和20年  中断(戦争のため)
昭和20年~昭和25年青年会の集団で再開後中断
昭和50年9月獅子舞保存会を結成して始める。
その後、毎年10月上旬に獅子を舞わし、現在に至る。

保存会の会員
会長1名、会計1名、お頭(獅子頭)3~4名、笛3~4名、太鼓2名
口取り(小学生男子)2~3名 後舞い(小学生男子)2~3名その他会員で構成されている。


いのこ(亥の子)

 旧暦10月亥の日(現在は11月23日勤労感謝の日)、夜に行われる子どもたちの行事です。

 「亥」イノシシは子供をたくさん産むから来年も豊作をという願いを込めた稲の刈り取りから来たものといわれています。またその年の稲穂(もみ)の乾燥(天日干し)のため門(地面)を固める行事ともいう。よって亥の子の日は亥の子餅をついて神に供えるところもあったと言われています。各地に「亥の子」といって藁束で地面を打ち祝儀をもらう風習があります。また「亥の子」の藁束の中に水仙、ネギなどを芯に入れ音の良さを競い合いました。これは、モグラを追い払うとか、地蜘蛛を鎮める作法から来ているとも伝えられています。この行事は神前地区では、続いているところがたくさんあります。


行灯を奉納(水無月)(子供の行事)

 水無月神事は毎年7月30日の夜に催される。

 子供の提灯は、自分たちで色々な絵を書いて行灯を作り、神社の境内に奉納する。最近では時代を反映してマンガ、アイドル画に変り数々の力作が奉納されている。

神社
コード
4215038
鎮座地 四日市市寺方町 254
御祭神 《主》大鷦鷯天皇、《配》大山祇命
祭祀 秋まつり 10月第2日曜日